「鬼道と付き合ってんだろ?」

いきなり半田が喋ったと思えば、聞こえてきた言葉に脱力する。またその話か、まったくいい加減やめてくれ。
手にある英語の辞書をロッカーに仕舞えば半田は逃がさないとばかりに追いかけてきた。「どうなんだよ」にやにやを止めない同級生を睨みつければ、更に緩む頬を思い切りひっ叩いてやった。

「ノーコメント」

「何だよそれ!叩く必要ないじゃないか!」

叩かれた頬を押さえながら半田は涙目で諦めたように席へ戻ろうとした。
すると入れ替わりに土門が近付いてきて、人のいい笑みを浮かべる。私は一瞬で彼の言わんとしていることを理解した。


「鬼道と名前は帝国時代からの仲なんだぜ、なあ名前?」

「土門!」

「いいじゃんいいじゃん、隠さなくったってさ」


戻りかけていた半田が此方を向いて「やっぱりなぁ」とまたニヤニヤする。今度は脛に私のシュート並みの蹴りを叩き込んでやった。「いっ…たぁあ!」半田は完全に地に落ちた。土門は冷や汗をかいたように「あ、はは名前の蹴りは痛いよなぁ…女子サッカー選抜に選ばれるくらいだし」と零した。帝国時代、MFであった彼も私のシュートを受けているからである。


「どうしたんだ、半田」


唐突に、声がした。聞き慣れた声だ。総帥の支配下にあったときとは比べ物にならないくらい生き生きとした声だった。周りのみんなはあまり違いが分からないと言うけれど、「鬼道と一緒にいた時間が長いお前だから分かるのかもな」と佐久間が言っていたのを覚えている。

そんな、大層なものではないのだけれど。


「いや、その」

「名前も土門もどうしたんだ?」


何も知らない鬼道は首を傾げて笑う。ゴーグルの下の眼が楽しそうに細められていることに気付けたのはきっと私だけだろう。
半田は意を決したように鬼道を見つめ、ついに本題を突きつけた。


「名前と付き合ってるんだろ?」

「あぁ、そうだが」


呆気なかった。鬼道はものの数秒で答えてしまった。半田と土門は意外だったのか目を見開いている。だから嫌だったのだ。この男はこういう事を平気で言う性格なのだ。元来真面目な上に恋愛方面に疎いらしく、素直に伝える術しか知らない。中学生の花も恥じらう感覚など、思春期特有の付き合ったら気まずくなって自然消滅…なんて展開とは無縁な人なのだ。

半田が何か揚げ足を取ろうと躍起になっているのが分かる。土門はそれを見て「やめとけって」と困ったように目を瞑った。でも完全に止める気など無いのだろう。


「こんなすぐ殴ってくるような奴なのに?」

「確かによく殴られる。それも咲山直伝の型で」

「えっ、あれで鬼道も殴ってたのかよ」

「土門も殴られたい?」

「いや遠慮しとく」


私が拳を握ると顔を思いっきり振った土門は滝のような汗を掻いていた。私の幼なじみでもある咲山直伝の技を恐れているのかもしれない。


「でもさ、そんな名前のどこが好きなんだよ」

「そんなとか言うな」

「それは、」

「鬼道も答えなくていいからね」


次は移動教室だ。早く行かなければ欠課扱いにされてしまう。三人をほったらかして机へ教科書と筆箱を取りに行くと、息を潜めた鬼道の声がした。


「ああ見えて笑った顔とか、結構可愛いんだ」


瞬間、手に持っていた筆箱を思わず鬼道に投げつけたけど、軽々と避けられてしまった。


20110130 杏里

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