自分の中にある醜い部分に塩酸をぶちまけて、消せるものなら消し去ってやりたい。じわじわと浸蝕してくる忌まわしい感情を、切り裂けるものなら切り裂きたい。
誰にも触れられたくない、分からないかな。

「分からないな」

その鋭い癖に優しさにまみれた瞳で見つめられると私の中の醜い部分がいきり立つ。ぐらぐら、ふつふつと抑えきれない何かが私の皮膚に爪を突き立てさせた。
真っ赤な瞳は血を透き通らせたみたいに鮮血を思わせる。剥がしてやりたい、化けの皮を剥いで群衆の下に晒してやりたい。
その鉄面皮の下に流れている本来のお前を、引きずり出して全てをぶちまけてやりたい!

「総帥が言っていた。常に冷静で居ろと」

その言葉は私の血潮を沸点へ到達させるのに十分な言葉だったのだ。鬼道の襟首を掴み上げ、壁に叩きつけてやった。

「何が、総帥だ!何が冷静だ!」

憎たらしい!忌まわしい!私の家族を、私から脚の自由を奪い、全て奪い去ったお前達が、お前たちさえ居なければ!


「お前が奪ったものはそんな言葉で片付けられるほど、どうでもいいものじゃない…!」

ぽたり、ぽたり、邪魔な水分が重力に従いアスファルトを濡らす。堰を切ったように溢れ出したそれはあっという間に私の視界を濁らせた。
吐き出すように鬼道の肩に噛み付いた。ぶつり、嫌な音がしてダラダラと口元を鬼道の瞳と同じ赤が流れていく。私の頬を、汚していく。


「なぜ、泣く」


苦しそうな鬼道の声が響いて、震えていた。顔を上げた私は、絡んだ視線は、強く。途端に目前へ墨をぶちまけたように黒が視界を浸蝕し始めた。
震えが止まらない、ガタガタと歯が噛み合わず音を立てる。鬼道の血液が私の唾液に混じり、鉄の味が味覚として喉を通過した。
まただ、またこの瞳だ、また私を、殺す気だ。「ひッ」と呼吸器が残念な音を出した。


一際大きい手が私の頬を打つ。女の細い足が私の腹部を蹴り上げた。二人は、なんと言ったか、そうだ、二人は…。



「面倒くさい餓鬼だ」

「殺してしまおうか、こんな、」



首に掛かった手が、妙に優しくて涙は涸れたはずだったのに溢れ出したんだ。









「こんな、娘なんて」





頭が割れそうだった。私の脚をへし折ったのは、鬼道でも総帥でもない、他でもない私の両親だった。分かっていたのだ、私を救うために総帥が両親を事故に見せかけて殺したことも、この脚がもう十分に動くことも、鬼道が総帥に頼み込んだことも。
私は、認められなかったのかもしれない。自分が親からの愛を受けていない事実が。蹴り上げられ吐き出した物に顔を押し付けられても、髪を掴み上げられ、その顔を嘲笑われたって、どこかで信じていたのだ。


愛してくれると。


認めたくないから、すべてを鬼道のせいにして自分は楽になろうとした。私を助けたいと総帥に頼み込んだ自分を責める彼をいいように使って。
だからこそ私は彼のお人好しに甘え、初めて恋慕を抱いた相手でもある彼を目の敵にして殺意を向けることにより、成長を続けようとするこの溢れ出しそうな愛の言葉を、感情を相殺しようとしたのだ。


私は取り返しのつかないことをしたのだ、もう二度と、彼を愛す資格を剥奪されたのだ。分かっている、分かっているのだ。なのに怖い、怖くて堪らない。貴方を愛せなくなることが。



「愛したっていいじゃないか」

引き込まれた視界に彼の赤が映る。真っ赤なマントが私を包み込んで、少し痛いくらいに抱き締めた。


「俺は、お前が愛おしい。何をされたって構わないくらいにな」


いつものニヒルな笑みを浮かべた鬼道は、私の耳元で呟いた。






「だから、お前を苦しめるような奴等なんて、殺したっていいじゃないか」




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私たちの狂気。


モザイクロール/GUMI
20110129 杏里


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