※レギュラス×警察官
※某アメリカコメディパロ



自分で言うのは何だが、今の今まで胸を張って言い切れるような立派な人生を歩んできたことはない。窃盗、偽造、その他諸々をあちらこちらで犯してきた。そして十代にして警察を退ける犯罪者にまで成り上がったのだ。
そんな私にも手を出さない分野がある。吸いこむとハイになって脳味噌縮んじゃうやつと、お葬式屋を呼ばなきゃならなくなることはタブーだ。あくまで一攫千金狙い。楽しくおかしく犯罪を犯すのが決まり。そうして今までの追跡をかいくぐってきたのだ。


「…うーん」


しかし私は未だかつてない危機に瀕していた。何故なら我々の敵である警官が所狭しと歩き回っている場所で、同じように歩き回っているからだ。とうとうしょっぴかれたか、なんて溜息を付かないでほしい。人の話は最後まで聞くべきだ。


「初めまして苗字さん、今日から貴女と組むことになっているレギュラス・A・ブラックです」


目が眩みそうになるほどの美男子が立っている。勿論職業で言えば完全なる敵なのだが、表面上ではそうではない。


彼が言ったとおり、私は警察官になってしまったのだ。



事の発端はとある金庫からお金を盗み出そうという話になった時のこと。その鍵を巡って他の連中と奪い合いになってしまった。結果、被害は拡大してしまい暴力事件だと嗅ぎ付けた警察から一時は逃げ出したものの、現場検証を行っていた一人の刑事がそれを金庫の鍵と気付かず証拠品として持ち去ってしまったのだ。
大抵の者は諦めたようだったが、私はそうはいかない。逆を言えば千載一遇のチャンスだ。他の連中からノーマークの大金だなんて食いつかないのは勿体ない。


で、知り合いの有名な経歴偽造業者に頼み、ありもしないキャリアをでっち上げて潜入しようと企んだ。…のだけれど、その前にアイスクリームフレーバーを食べて行こうと思った矢先、強盗犯と出くわしてしまった。
そいつがあまりにも五月蠅いので押さえつけてやったら、駆け付けた警官に身分証明書を提示するように言われ咄嗟に出したのが偽造した方で。
あぁ、貴女が今度配属された!とか言われて署へ連れ込まれ、その甲斐あってか全く怪しまれずエリート刑事として迎えられてしまった。最近警察って馬鹿じゃないかと思う。


「署長のヴォルデモートだ。今回はよくやってくれた」

「は、はい。初めまして名前・苗字です。これからお世話になります」

「頼んだぞ」


署長のロード・ヴォルデモートさんも文句の付けようがない程ハンサムだった。細められた赤い目がとってもセクシーだし、少し危ない感じが如何にもって空気を漂わせている。その隣で、長いプラチナブロンドを優雅に纏めた紳士的な男性が一歩前に出た。彼はにっこりとして、口を開く。


「補佐のルシウス・マルフォイと言います、以後お見知り置きを」

「はい、宜しくお願い致します」


他にもちょっと無愛想なセブルス・スネイプさん、署長大好きなベラトリックス・レストレンジさん、(レストレンジさんは署内で唯一の女刑事だった)など個性的なメンバーで構成されている、窃盗犯罪を専門とした課に私は配属されたのだった。


私としてはさっさと鍵を回収して姿を消したいのだけど、厄介なことにバティはとても律儀な人間だった。そう、レギュラス・ブラックだ。


「苗字さん」

「何ですか、ブラック君」

「レギュラスで構いませんよ」

「じゃあ、レギュラス」


そう言われて数ヶ月。レギュラスは行動を共にしないと納得できないらしく、署に来たばかりの私の世話を色々と焼いてくれた。それが逆に仇となっている。例の鍵を探すことが出来ないのだ。ずるずるずると時間が流れていき、二人で聞き込みに回ったり一服したり、ヴォルデモート署長やルシウスさん、ベラさん、スネイプさん、彼等と過ごす時間が無駄に増えていった。
正直、悪い気はしなかったし、レギュラスは饒舌ではなかったけれど一緒に居て楽しかった。お酒を飲みに行ったり、ベラさんとショッピングしたり。ルシウスさんにパーティーに誘われたり署長に二日酔いを心配されたり。
今まで出会った人々の中で一番優しい人々だった。だからこそ罪を犯し、汚い道ばかり歩いてきた私が彼の隣にいるのはとてもナンセンスだ。自虐的になるのは仕方ないと思う。おまけにレギュラスの兄はFBIで働くエリート刑事で、家族揃って優秀な出だと言うから益々自虐はエスカレートしていきそうになる。
このままではいけないなんてのは百も承知だ。それに、私もそう長い間此処に居座れなくなってしまった。


「あんた、警官じゃないだろう」


ワームテールという男は裏世界の人間で、有名な情報を売り買いしていた。それを警察に嗅ぎ付けられ捕まったのだという。そして、その商売道具の中に昔の私の情報が、いや、本当の私の素性が眠っているのだろう。


「バラしちまおうかね、そうすりゃあんたも一緒に豚箱行きだ」


ニヤニヤと笑うワームテールに殴りかかろうとすれば、「バラしていいのかい」と脅された。腕は前に進まない。どうして、昔の私なら早々に手を引いて逃げ去っていたはずだ。なのに、何を怖がっているというのだろう。


鍵はあの事件後鑑識に回され、うちの課が預かっている。証拠品として聞き込みに回る者が持ち出すことも暫しあった、つまり持ち出すチャンスはいくらでもあったのだ。
そう言えば、私達が聞き込みに回る際はいつもレギュラスが持っていた。私が持つと言えば顔を真っ青にさせて「苗字さんにそんな!」とこの役を買って出てくれていた。最初は私を警戒しているのかと疑ったけれど、私が鍵に触れても異常に反応するわけでもなく至って普通だった。

頭に浮かぶレギュラスの笑顔が私をこの場所に縛り付けていた。彼を裏切ることを、私は恐れていたんだ。ワームテールという男がもう一度尋問されるのは明日。だとしたら、今夜決行するしかない。


誰もいなくなった署内へ忍び込み、鍵を探すべく押収品の仕舞ってある棚へと足を運ぶ。誰もいない署内は静かで、逆に落ち着かない。防犯カメラを上手く避け、キョロキョロと辺りを見回せば視界の隅に何かが入り込んだ。


「レギュラス、」


自分のデスクにうつ伏せになっている彼の背中は静かに上下していた。確か、私より早くに帰宅したはずなのに。ピクリ、何かを感じたのかレギュラスは少し呻きながら顔を上げた。


「あぁ、苗字さん」


眠たそうに目を擦る彼は、私を見つけてにっこりとした。今この部屋は外のネオンの光が射し込んでいて、少し明るかった。レギュラスはゆっくり立ち上がって「すいません、忘れ物をしてそのまま眠ってしまいました」と呟き笑った。


「そっか、早く帰った方がいいよ。今日は冷えるし…」

「これを探しに来たんでしょう」


金属音がして、彼のスーツから無骨な白銀色の鍵が取り出された。


「すいません、嘘を付きました。忘れ物なんて嘘です、そもそも僕がそんなヘマなんてしませんしね」


シニカルに笑うレギュラスは鍵をしっかりと元あった場所へと仕舞った。


「知ってたの?」

「えぇ、まあ」


レギュラスは少し目を伏せて困ったように笑った。流れる空気は少しひんやりとしてはいたけれど決して重苦しくはなかった。


「いつから?」

「最初から、です」


言葉を切ったレギュラスは、その長い脚をゆっくりと此方に向け、黒塗りの革靴が床でカツンと音を立てた。目の前にレギュラスがいる。艶やかな黒髪に長い睫毛が薄灰色の瞳を覆い、頬に陰を作る。彼は何かを言い掛けて口を噤み、私の手を取ろうとした。

が、それを思わず弾き返してしまう。傷み入ったような表情を見せたレギュラスは哀愁漂う目を向けてくる。


「最初から?私を捕まえる気だった?」

「それは…」


またも口を噤んでしまったレギュラスは、眉を下げて弾かれた手を軽くさする。彼は一体何を考えているんだ。捕まえるなら今じゃないか、なんで私に弁解しようとしているの。






「正直に言います」


レギュラスは口を開いた。


「貴女の事は、初めて会う前から知っていました。前々から引き入れようとしていましたからね」


レギュラスは私の頬に手をやり、するすると細く女の子みたいに綺麗な、それでいて男らしい指で撫でてきた。


「引き入れる…?」

「僕達は表向きとしては警察官です。でも実際は反政府組織、テロリストなんです。それも、殺しでも何でもする過激派の」


レギュラスは言い切って、静かに息を吐いた。つまり、彼等は反政府組織で犯罪者を逮捕する傍ら有望な者を組織に引き抜き勢力を拡大してきたという。そして、前々から私を狙っていたと。


「最初は引き入れるつもりでした、署長の言葉は絶対ですから。鍵を狙っていることも知ってました。苗字さん、手に入れば此処から姿を消すでしょう?不自然じゃなく阻止するのには骨が折れましたよ。それに、長い間一緒に居ると、どうしても情というものが湧きます」


頬をなぞっていた手が少し乾燥した唇へと向かい、縁をなぞる。それが妙に色っぽくて、くすぐったかった。
そのままレギュラスの端正な顔が近付いて、ちゅっと軽い音と共に唇が彼のそれとくっつく。離れた後も残る熱は、果たしてどちらのものなのか。


「逃げて下さい」


強い、言葉だった。押し付けられたのは唇だけではなかった。私の羽織っていたコートのポケットには白い封筒が滑り込んでいた。


「日本はいい所です。此処よりも治安がいいし何より美しい国だ」

「何、言って…」

「明日の8時が一番早い便です。署長には僕が上手く言いますから、その内に」

「待ってよ、待ってよレギュラス!」


言い切ったレギュラスは、柔らかく微笑を浮かべていた。今まで見たこともないような、とても美しい笑顔を。何故こんなにも胸が苦しい、締め付けられる?彼と離れるのが怖い?それとも彼が死んでしまうのが怖い?


「一緒に行こう、ね、一緒に。日本は素敵なところなんでしょう?だったら、」

「誰が署長達を食い止めるんです?二人で行けば証拠隠滅に飛行機が爆破されるかもしれませんよ、いいんですか。貴女だけじゃなく、他の人間も巻き込むんですよ」


薄灰色の瞳が細まって、ゆっくりと伏せられた。


「貴女は罪は犯すけれど人を殺すことを良しとしない善良な人だ。このまま引き込まれれば確実に貴女は自分のタブーを犯してしまいます、だから…」


開いた瞳と目が合えば、切望と嘆きがおり混ざった薄灰色が私を呑み込む。


「名前さん、貴女は素敵な人だ。こんなに人を愛しく思うのが辛いだなんて、僕は今まで生きてきて、知らなかった」


その言葉を聞いて私は自ら彼の唇へ自分のものを重ねていた。さっきより、熱い。


「私だって、知らなかったよ」


だから、この気持ちを消させないで。呟いたら重なった手の体温に引き込まれ、目を瞑る。ゆらゆらと、胸の奥で燻るこの感情に名を付けるなら、


それはあいというのでしょう。


逃避行を始めよう。二人で共にいるのが無理なら、いつか私を迎えにきて。



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水瀬さんの企画、「狼さんが好き」に提出!ギャグだったりシリアスだったり激しい展開に突っ込みを入れずにはいられなかったと思いますが目を瞑っていただけると嬉しいです。
水瀬さん、お誘いありがとうございました!こんなものしか出来ずにすいません…これからも宜しくお願い致します。


20110127 杏里






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