刺すような寒さに身を縮めながら歩けば、じゃりっと境内の砂利が音を爆ぜる。ぐるぐる巻きにした薄いピンクのマフラーを鼻の上までずり上げて淡い茶色のコートに身を包み、黒いタイツにブーツを履き両親とお姉ちゃんと大名行列のように並ぶ人々の中に紛れていた。
毎年のことだけれど、寒さばかりは堪えられないものだ。ポッケに入れてあったカイロを握り締めて暖を取れば「あ、ずるい。私にも貸して」とお姉ちゃんに引ったくられた。貸してじゃないじゃん盗ってるじゃん。
「あんたもう少し色気ある服着なよ」
「嫌だ、お姉ちゃんみたいに寒いの我慢してまでそんなスカート穿きたくない」
「どの口が物を言うかどの口が」
「この口ですが何か」
「ムカつく!」
お姉ちゃんが私をギロリと睨んだらお母さんが「やめなさい、恥ずかしいから」と怒った。ざまあ。
「何よ私だけが悪いみたいじゃない」
「大人気ないよお姉ちゃん」
「黙りなさいよ、ちんちくりんなガキンチョ。そんなんじゃ男が振り向かないわけだわ」
「五月蠅いな、お姉ちゃんがとっかえひっかえなんじゃない」
「とっかえひっかえじゃありませんー懸命に恋してますー」
うざって呟いたらお姉ちゃんに殴られた。意味わかんない。お母さんがまた怒ったので、ようやくお姉ちゃんも静かになった。
ちょっと経って気持ち前に進んだ時、後ろが急に騒がしくなった。「今日のシュート、よかったぜ!」とか「前半は動きが良かったが後半になって動きが鈍くなるな」だとかワイワイ聞こえてくる。どうやらサッカー部らしき男子達が後ろに並んだらしく雑踏の中でも彼らの声は良く聞こえていた。それにしても聞き覚えのある声だな、まさかそんな。「いや、ないない」と呟けばお姉ちゃんが怪訝そうな目で「名前、独り言気持ち悪いよ」と言われた。何だと。
「名前じゃないか!」
びくっ。私の体は面白いくらいに跳ねた。まるで無理矢理地上に打ち上げられた鯉みたいに粋が良かったに違いない。女の嫌な勘はよく当たるものだと悟り落胆する。というか、お洒落に気合いを入れてある程度美人な姉とその隣にいるちんちくりんな私を見て苗字、お姉さんいたんだ姉妹でどうしてこんなに違うんだろうねとか思われるんだろうな。いや、慣れてるから構わないけど。
それでも恐る恐る振り向けば、わーお雷門イレブンに佐久間と、ひゃあぁああ源田が居るじゃないか!
「あ、明けましておめでとう、みんな」
「あぁ!おめでとう苗字」
「新年早々すまないな。円堂、邪魔したら悪いだろう」
「そんなことないよ鬼道、ただちょっとびっくりしただけ」
円堂くんと鬼道、豪炎寺くんがすぐ後ろで、その後ろに佐久間と源田、他のみんなも目が合うと手を振ってくれた。そして私の前にいる両親と姉にも挨拶をしたみんなは口々に語り始めた。ていうか源田がさっきから無言で見つめてくるの怖いんですけどそんなにおかしかった?今日の服。やっぱりお姉ちゃんの言う通り気合い入れてお洒落してくればよかった。
頭の中で悶々としていると、隣にいたお姉ちゃんが私に耳打ちをする。「ちょっとあんたどういうこと?なにこのイケメン率は!」いや知りませんよ、でも私も思います。イケメン率高いよなぁ。「今度紹介して」って友人を姉に売るなんて出来ません。「ケチ!」何だと。
そんな会話を小声で繰り広げれば、佐久間がニヤついてこちらを見ていることに気付いた。「あの子、美人ね」ってお姉ちゃん彼は歴とした男ですよ。変な声だして驚かないでくれ。
「な、なに佐久間」
「いやー?さっきから源田がお前に言いたいことあるみたいでさ、ほら固まるなよ」
「さ、佐久間、!」
「え?」
どんっと源田の背中を叩く佐久間、反動でよろけ、しどろもどろになりながら前にやって来た源田。お姉ちゃんが「うわっ、タイプ」と呟いたのを聞いてやはり血は争えないんだと思った。てか源田、君はどんな服を着ても似合うのね。今でも十分身長高いけど、さながらモデル並みの身長をお持ちになるんじゃないかしら。まだ伸びてるらしいぜ、って佐久間が言ってたような。
「苗字」
「う、うん?」
「明けまして、おめでとう」
「あ、明けましておめでとう」
そう言ってはにかむ源田は最高に格好いい。もうヤバい、私顔真っ赤だよきっと。お互い俯いてうーとかあーとか言ってたら佐久間が「源田、お前肝心なところ言えてない」と呆れたように言った。
私がハテナマークを浮かべれば彼は緊張した面持ちで口をパクパクさせていた。鬼道はハァと溜息を付き額を押さえている。円堂くんは状況理解さえしていないらしく豪炎寺くんが邪魔をしないように押さえつけていた。
「その、」
「その?」
「…苗字に会いたいと思っていたから、凄く嬉しい」
「えっ」
源田は真っ赤になった顔を逸らして言い切った。いやまさかそんな。何かの罰ゲームかそうなのか。あれ心なしかお母さん笑ってない?お父さん複雑そうだけどっていやいやいやなにこの展開。
「あ、ありがとう」
「あぁ、礼には及ばない」
言い切った源田は照れていて、それが伝染したかのように私の顔はきっと初日の出より真っ赤になっているだろう。沸騰しそうな頭を奮い立たせる。ていうかどんな羞恥プレイ。
「あの、源田、」
「な、何だ?」
「その、」
問題発生、顔が見れない。
「わたしも、源田に会いたかったよ」
20110103 杏里