2011年を迎えて数時間後。正月らしいというかどの番組も馬鹿げた企画を繰り広げていた。新年ということもあってか彼女も俺と同じコタツでぬくぬくしている。
名前のおばさんは夜勤、おじさんは出張という状況のため親御さん公認の俺が苗字宅に派遣された。せっかくのお正月だから源田家に迷惑は掛けられない、そう断わる彼女に俺の両親は笑顔で俺を押し付けた。そして、今に至る。従ってこの家には俺と隣でふざけた正月番組を眺めている名前しか居ない。
「ねえねえ」
不意に間延びした声がした。隣を見ればもう何個目になるか分からないミカンの皮を剥く名前が視線をテレビに向けたまま呟いていた。
「どうした」
「そこの携帯取って」
俺の近くにあるコンセントに差し込まれたコードは名前の携帯に伸びていて赤いランプは既に消えていた。丁寧にプラグを抜き、手渡す。「ん、ありがと」と気の抜けた声が聞こえカチカチとキーを押す音がテレビの音に混じって消えた。
「あは」
「どうした」
「みんなからメール来てた。ほら、あけおメール」
「あけおメールって何だ」
「あけましておめでとうーってメール」
「いや、それは分かる。略し方がイマイチだ」
「失礼な」
軽く口を尖らせると彼女の目線をまた携帯に戻る。しかし、尖らせていた唇が勢い良く形を崩した。
「あはははっ!ひーぃ!」
「どうした」
「あけおメール、一番最初が不動だった!」
「それがどうしたんだ」
「不動あきおメール」
「全く面白くないぞ」
言っても彼女は笑い続けていて、静かだった部屋は一気に騒がしくなった。すると名前の好きな洋楽ロックバンドのニューシングルに入っていた一番お気に入りだといっていつも聴いている曲が流れ始めた。剽軽な曲だ、と毎回ながら思う。コタツに置いておいた携帯を手に取り「はい、もしもし」と出た彼女はまだ笑っている。いいのか、と思ったら相手はたった今話題になった人物からのようだ。
「あけましておめでとうございますー」
『おー、あけおめ。起きてたか』
「うん、起きてた笑ってた。」
『は?何で』
「不動からのメール、あけおメールあきおメール」
『くたばれ』
不動からの電話を受け取り話す名前と目が合った。にっこりと笑顔を返され釣られて返すと彼女は口パクで『ミカン剥いてて』と呟いた。まだ食べるのか。
「で、どうしたの」
『円堂から初詣行かねーかってメール来てよ、お前に回せって言われた』
「へー、もしかして今から?」
『じゃなきゃ電話しねぇよ』
「さいですか」
ケラケラと馬鹿にしたように笑う不動に溜息をつけば、隣にいた源田が本日何度目になるか分からない「どうした」という台詞が紡がれる。「円堂達から初詣に誘われた」そう呟くと「そうか」と微笑まれた。
『今の声誰だ?』
「ん?源田だけど」
『何、お前等一緒に年越したのかよ』
「うん。」
『ウゼー』
不動は悪態を付いたように嫌そうな声を出した。舌打ちまで聞こえてきた。ひがみか。しかし不動の周りからは微妙に男の声や女の子の楽しそうな話し声が聞こえてくる。不動も楽しんでるみたいだ。
そのとき、私の家の外で少し騒がしい声が聞こえてきた。あぁ、お隣の矢上さん家のお兄さんのお友達かな。ちょっと不良チックだし怖いし。
「不動こそ誰か居るじゃん」
『馬鹿かテメェ、これは円堂達だっつーの』
「あぁ、そうだったの」
ピンポーン、チャイムが鳴った。こんな時間に誰だよ、なんて思えば源田が気を利かせて玄関へ向かう。ありがとう、と呟いて電話に意識を戻せばツーツーと電話終了の音が響いていた。
途端にバタバタと廊下から音がして「何かあったの」と源田に向けて言ったつもりが、実際は佐久間だった。は?と間抜けな声がでたけど彼は気にもせずコタツに滑り込み「あったけー」と零した。
続いて「あけましておめでとう、苗字」と聞こえコタツに入ったのは鬼道、「お前どんだけミカン食ってたんだよ」と不動。
ごちゃごちゃしながら円堂、風丸、基山、豪炎寺、綱海、木暮君、虎丸君、吹雪君、立向居君、秋、春奈、夏未が入り込んできた。
最後に源田が申し訳なさそうに入ってきた時にはみんな思い思いの場所に落ち着いていた。
「え、なに」
「やっと状況が判断できるようになったか」
鬼道は向かい側に座り込んでいて、その隣に円堂、豪炎寺。私の右隣に不動。左隣には源田、その隣の佐久間は勝手にリモコンをいじってチャンネルを変えていた。
豪炎寺と佐久間の角隣になる場所に基山と綱海が無理やり入っていた。吹雪君は私と不動の角の少ない布団に足を突っ込んでいるし、立向居君は綱海の後ろで苦笑している。虎丸君は豪炎寺の後ろ、木暮君は鬼道の後ろに春奈と居たし秋は円堂の後ろに夏未と居た。何とか詰め込まれた感が抜群だ。
「やっぱ初日の出だろ?初詣は!」
「円堂君、意味わかんないよ」
「と言うわけで日の出まで苗字家で待機になったんだ」
「鬼道くん何でそんなに楽しそうなの。それで不動は私の生存確認のために電話してきたのか…」
「ご名答ー」
「さいあくだ」
とりあえず正月だし「お汁粉居る人ー」なんて柄にもなく聞いてみたら思いの外食いつきが良く、振る舞うことになった。源田と数時間前に食べたので少し量は減っているが大丈夫だろうとキッチンへ向かい、冷凍庫からお餅を取り出し鍋に入れる。すると、秋と春奈に夏未が手伝うとやって来た。
ちらり、コタツのあるリビングを見やれば男子軍勢は偶々やっていた高校サッカーの再放送に食い入っているではないか。不動が「ヘッタクソだなぁコイツ等、高校のレベルでこんなもんかよ」なんてぼやいてる。佐久間は源田が剥いてくれた私のミカンを口に放り込んでいた。それでも、目はブラウン管に釘付けだった。
ああコイツ等サッカー少年だったな、と今更ながら笑いたくなった。
「何でこうなった」
あれからお汁粉をお供にテレビ観戦をしていたはずの私たちは一人一人脱落していった。あの鬼道でさえ春奈の為にソファーに凭れて仲良く眠ってしまっている。唯一起きていたのは私と源田と不動だった。
「少し騒ぎすぎたんだろう」
私の家にはよく親戚がやって来るので余分な布団が用意されている。源田とそれを引っ張り出し、とりあえずみんなに掛けてあげた。リビングがこんなにゴチャゴチャしているのは始めてみるなぁ…と笑えば源田がああ言うもんだから笑うしかない。
「俺はここで寝るぜ」
と、一人暖房近くのソファーを陣取った不動は渡した毛布にくるまり「寝てる間に何かしたらブッ殺す」と必要もない牽制をしてくるりと背を向けてしまった。
しょうがない、私たちも寝ようか、なんて言えば源田は私の手を取り廊下に出た。「どうしたの幸次郎」と続いた言葉を呑み込むかのように言葉を噤む赤くふっくらした部位が重なる。至近距離の源田はいつまでたっても慣れないもんだと思ったけど、入り込んできた温かいそれに自分のを絡めればそんなこと考えなくたっていいのだと思い知らされた。
「せっかく、二人きりだったのにな」
「あ、妬いてたの?」
離れた部位から何度か落ち着くために酸素を吸い込めば、源田が小さく零した。「妬きたくもなる」と顔を顰める彼の首に腕を回して擦り付く。あぁ、温かい。
「今から」
「ん?」
「名前の部屋に行こう」
「…いいけど」
何するの?なんて愚問な事くらい私にだって分かる。源田は嬉しそうに手を引いて階段を昇り慣れた足取りで私の自室へと入り込んだ。
翌日、やっと起きた女子メンバーが私の部屋にやってきて顔を赤面させ叫んだのは言うまでもない。
そして昇りきった太陽の下、防寒着を着込んだ私たちが神社へ向かうのも、言わずもがなであった。
20110102 杏里