また鬱陶しい季節がやってきた。新入生歓迎会、ゴールデンウイークに中間考査が終わり梅雨を抜けると、あっという間に夏休みが始まるのだ。
敷地内の樹木たちも青々しい葉を目一杯広げ、太陽の日差しを一身に受けようとする。若葉はすっかり青葉になったというわけだ。

それは人間にも言えることで、夏は何かと変化の大きい季節である。


「今年はガッツリ休みがあるからって羽目を外すなよお。先生嫌だからな、お前等と一緒に警察行くの」

高校二年生って言うのは何かと中弛みしやすいもんだからな、気を抜いたら真っ逆様だからな、と担任の幾松が冗談なのか分からない表情で言った。うちのクラスに問題児は居ないんだから少しは生徒を信じてやって欲しい、幾松。

「てな訳で、また九月に会おう。じゃ、終わり」

起立、礼。声が掛かって、ようやく夏休みが始まった。







「ねえ苗字さん」

「あれ、幸村くん」

仁王と丸井はとうに部活に行ってしまった。私は帰宅部だし、仁王に一緒に帰りたいと言われたので、持参していたPSPでゲームをしながら待つことにした。私が手伝うのは朝練の時だけと決めている。
それはテニス部に所属していない自分が踏み入れていい領域を越えてしまうような気がするからだ。ただでさえ仁王の彼女をしているんだから。


すると締め切っていたはずの教室の扉がガラリと開いて、飛び上がった私の耳に笑い声が飛び込んできた。あの上品の塊の、幸村くんである。
どうやら変なツボにハマったらしい幸村くんを心配すれば、目尻に涙を溜めながら「ご、ごめっ…」と咳き込んだ。私が近づくと、再び笑い始めた。



「あー、笑った笑った」

「めちゃくちゃ軽快に笑ってらっしゃいましたね」

「ごめんよ、どうも君は俺のツボみたいでさ」

謝りながらも笑いが収まりきっていない。見かけによらず幸村くんは笑い上戸である。


「所で苗字さん、今暇かな?」

「…まあ、ゲームをするくらいには」

「ああ、それは良かった」

良かった?どう言う意味だ?と首を傾げると幸村くんは相変わらず爽やかな笑みを携えて言った。


「苗字さんの夏休み、俺に頂戴」







ん?






「と言うわけで、今年の夏休みは更に厳しい強化訓練を始めようと思っている。俺たち三年にとっては最後の夏だ。心身をより一層引き締めにかかるぞ」

浜松先輩がそう意気込み、テニス部一同が運動部らしい声で応えた。立海は高校になっても常勝という意気込みは変わらない。中学と違い、更にレベルの上がった試合を潜り抜けなければならないのだ。生半可な覚悟ではいられない。



「で、話は変わるんだが」

浜松先輩は先程までの引き締まった顔から、ほんわりした表情に変わる。部員たちは未だにコートの中の部長のギャップに付いていけないらしい。確かに、私も未だに目を剥くからなぁ。




「今年の夏休みは忙しくなるだろうから、臨時でマネージャーを雇おうと思う」


わっと、一年と二年から歓声が上がる。何せ、立海のテニス部は末恐ろしいほどに厳しい練習と両立で下級生はマネージャー業務も行わなければならなかったからだ。
一個下の赤也くんが特に喜んでいた。相変わらず可愛い。


すると丸井がお決まりのグリーンアップル味のガムを噛みながら手を挙げた。嫌な予感がする。

「だったら名前でいいだろぃ」


おいおいおい、ちょっと待ちなさい。それわざと?私が面倒くさがりなの知ってるよね?君特に知ってるよね?何故推薦したんだ丸井。私に何か恨みでもあるのか。


「でもあいつ面倒くさがりだからな、引き受けてくれんのかが問題だぜぃ」

分かってるなら手を挙げるなよ、とツッコんだのは私だけじゃない、はず。すると柳生くんまでが「そうですねぇ、」と困ったように笑い、真田が「苗字ばかりに頼っていてはならんだろう」と反論した。いいぞもっとやれ!


でも、仁王がほわーっと空を見上げて笑ったと思いきや。

「じゃったら俺、今年の夏は無敵まさくんになってしまうのう」

と呟くもんだから先程まで活発だった私の中の反対派達も押し黙ってしまった。どんだけ仁王の推しに弱いんだ私。




と、そこで沈黙を守っていたかつての参謀、柳が一声。

「苗字がマネージャーを引き受ける確率、92%」


え、と言葉に詰まるみんなの前に幸村君に引きずられた私が登場する。途端に「はい、無敵まさくん誕生ナリー」と仁王が声を上げた。










「ああ、そうだ。忘れてた」

浜松部長はポン、と手を叩いて笑う。早々に飛びついてきた仁王によって揉みくちゃにされた私を解放すべく、いつものメンバーが私を取り囲んでいた。
しかし部長の鶴の一声でぴたりと動きを止める。そして何だ何だと顔を此方に向けた部員たちを一瞥し、笑う。


「今年は立海と大阪の四天宝寺と合同合宿があるからな。幸村、お前たちはよく知ってるだろう。是非うちと合同練習したいらしい。まあ、大阪から日帰りはきついと言うことで合宿になったんだがな」


部長の発言をオウム返しするように合宿、と呟いた後みんなが歓声を上げる。ああ、夏と言えば合宿。青春である。しかし、だ。私にとって四天宝寺は知人では済まされない友人たちの宝庫だ。


20111204 杏里


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