ハローハロー、こちら大阪。お母さん、お姉ちゃん、元気にやってますか。神奈川は晴れていますか?こっちは快晴です。
特にお姉ちゃん、私はまだ納得しておりません。この議題については今後も審議していきたいと思います。
双子では先に生まれた方が妹で、後から生まれた方が姉。この昔からの定義が今変わりつつあるのです。さあ、お姉ちゃん、いや、妹よ、私は未だに納得してないのだ。
「ちとー起きてー」
「…ん、?」
「朝だよ、ちと」
という冗談はさておき、にっこり笑うと、朝に弱い千歳はふにゃふにゃと何かを呟いた。しかしまた眠りこけそうになっている。
「ちとー千歳ってばー」
「んー…、たいが眠か、」
「うんうん眠いけど起きようね」
ずるずると千歳の巨体を布団から引きずり出す。中学時代から千歳を引き摺る力を鍛えた私に寝起きの千歳なんてどうってことないのだ。
贅沢を言うと、お姉ちゃんが居れば早々に蹴りが飛んでいるので既に目が覚めているはずの千歳さんですが、私は彼を蹴るだなんて出来ません。
なので口と鼻を押さえてやります。
「…ぶ、ぁっ!?」
「うん、おはよ、ちと」
こんな感じに、大阪の朝は始まります。
「あれ、千歳くん?今日は何だか目が冴えてるね」
「今日も朝からななしの悪戯に引っ掛かってしもうたばい」
「ちょっと、チクらないでよ」
我が家の朝食担当は専業主夫なお父さんです。神奈川に住むファッションデザイナーのお母さんの仕送りでこの家は成り立っています。お母さんはバリバリに働くキャリアウーマンです。そして、社長にのし上がったとてもすごい人です。
そんなお母さんと飲み屋でばったり運命の出会いを果たしたお父さんは昔から得意だった家事を担当することになり、お母さんの二度目の転勤先だった大阪に腰を据えたのです。
「またこの子は…悪戯好きなところは母さんとお姉ちゃんにそっくりなんだから。ごめんよ千歳くん」
「よかですよ、お陰で雪厚さんの手料理が食べられたばい」
「お父さん、ほんと料理上手だよね」
もぐもぐもぐ。私たちは隣り合ってお父さんの作った温かい朝食を口に運びます。
お人好しのうちのお父さんは、お姉ちゃんが使っていた部屋を千歳にプレゼントしました。中学から一人暮らしだった千歳にとって誰かと一緒に暮らすって言うのはとても嬉しい事みたいだったけど、最初はやっぱり遠慮してた。
けど、私とお父さんの強い視線に折れて、高校になってから三人で暮らしているのです。
「ちと、今日部活は?」
「あー…、気が向いたら出る、かも?」
「白石また怒るよー?」
「はは、千歳くんは相変わらずだなぁ」
そうそう、私は中学に継いでテニス部のマネージャーをしています。お父さん、笑い飛ばしてる場合ではございません。千歳は唯でさえサボリ癖が酷いんだから。中学の時よりは改善されたけど、ふらふらは相変わらず。探し回る私の身にもなって欲しいよね。
「中学のときは、お姉ちゃんも居たからすぐ見つけられたけど…」
「ん?どきゃんしたと?」
「いーや、何でもない」
元々お姉ちゃんは小さい頃からお母さんについていろんな場所をあちこちしてた。でも中学はしっかり過ごさなきゃ駄目、っていうお母さんの案で大阪に帰って来たの。
勿論、私もお父さんも大喜びで、お姉ちゃんと三人で過ごした三年間はあっという間だったけど、白石や謙也や千歳、四天宝寺のテニス部のみんなとの思い出も合わさって最高だった。
けど、お姉ちゃんが選んだ進学先は、お母さんがやっと身を落ち着かせた神奈川の立海大附属高校だった。
白石、謙也、千歳とみんなで同じ高校を受ける話をしていた中、「私、立海受けることにしたんだ」って言ったお姉ちゃんを私は一生忘れない。
「ななしは寂しがり屋ったい」
千歳がくしゃくしゃと私の頭を撫でた。お父さんも少し困ったように笑った。そう、お姉ちゃんが大阪に居た三年間は、わたしが大阪で過ごした時間に比べればとっても少ないのに。こんなにも我が家は、みんなの中で、お姉ちゃんは世界の中心だったんだ。
「おはよー、蔵、謙也」
「おー、おはよーさん」
「千歳半分寝ながら歩いとるやないかい」
学校について教室に入れば金髪にミルクティー色した髪の二人が振り向いた。四天宝寺に居たときは全員同じクラスなんてなかったのになあ。
「駅でばったり小春ちゃんとユウジに会ったよ」
「お、俺等も会うたで。相変わらずやったなぁ」
どうやらみんな同じ電車に乗っていたらしい。私達の高校は最寄り駅から五つ駅を越えなければならない。そのため必然的に電車通なのである。
私と千歳はゆっくり歩いてきたけれど、謙也の事だ、駅から学校までめちゃくちゃ走ってきたんだろう。そしてそれに付き合った蔵。だから途中私たちは出会さなかったんじゃないかな。蔵はほんと偉い。謙也は中学から何も変わらない。いや、ほんとに。
ちなみに小春ちゃんとユウジは違う学校に通ってる。銀さんと小石川くんはまた別の学校。でも未だに放課後に集まって一緒に遊んだりしてる。
「あれ、先輩等何してはるんすか」
実は財前もこの高校の一年生で、毎朝三年生の教室の前を通っていく。そして来年はあのゴンタクレがやってくる予定なのだ。
「賑やかばい」
「うん」
でも、やっぱり一人足りないと思っているのは私だけじゃないはずなんだ。
20111101 杏里