ガシャン、と鳴った空のヤカン。地面にぶつかったそれは思いの外、響かなかった。重なるようにカランという音がする。何度も聞いたことのある音。そう、ラケットのガットが、クリップが地面にぶつかる音。
私は弾かれたように視界の端に映る財前に目を向けた。彼の瞳は、未だお姉ちゃんを見つめていたままだった。








財前が名前のことを好きだと気付いたのは彼が四天宝寺に入学して一年目のことだった。
部室裏の水道場で使い終わったボトルを洗うお姉ちゃんを見つけた私は、いつものように声を掛けようと口を開き掛けたのだけれど。

あれは今年のように暑い夏だった。滲む熱気に肌が汗ばんで服に引っ付く。ジャバジャバとボトルを洗うお姉ちゃんを見つめる黒髪。後ろ姿から五色のピアスが見えた。


「ざいぜ…」


私はまた声を失う。彼の横顔はこの夏に負けないほどに焦がれていたのだ。その鋭い目いっぱいにお姉ちゃんを映して。彼の視界は名前以外を受け付けようとはしていなかった。
振り返った財前は目を丸くする。焦り、慌てふためいた彼を安心させるために、財前の腕を引いた。




「財前」

「…何すか」

「名前が好きなんでしょ」

名前は私たちに気付かずに洗い終わったボトルを片付けて部室に消えていく。それを見やった財前は、迷いなど見せなかった。



「せやったら、何やっちゅーねん」








私は千歳が好き。恋は人並みにしてきたけれど、こんなに人を好きになったのは生まれて初めてだった。
財前の目も、同じだった。恋バナに花を咲かせる同級生や街中で恋人を見つめる視線や、私が千歳を見つめるように、財前も。

だから。






「ちょっと用事思い出したから、抜けるね」


そう言って立ち去った名前を追いかけてしまった財前は、その横顔が現実を受け止めたくないが為に歪んでいくことを、立ち去る名前を引き止めたくて段々と早まる足取りに気付いているのだろうか。













俺はいつから名前先輩を見とったんやろか。入部したとき、最初に目に入ったんはあの人やった。アホみたいに笑いを取りたがるお笑い芸人集団の中で唯一まともな奴やて思うたからかも知れへん。


気付いたら目で追うようになっとった。最初は一日一回、名前先輩が来とるか確認しとっただけ。それが段々部活中何度も見つめてしまったり、足りひんこうなって校舎内で擦れ違わんかなとか考えたりするようになった。
正直、自分キモいっすわ。謙也さんのこと言われへん。まあ、言うけど。






追いついた先は立海の校舎裏。名前先輩は迷いもせずにスルスルと角を曲がっていった。まるで何かに引き寄せられとるみたいや。
名前先輩の消えた角から少し顔を覗かせる。分かっとった。名前先輩が誰を追いかけとったかなんて。


「名前先輩?」


分かっとったのに、この醜いドス黒い感情は何や。




20120408 杏里


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