神奈川の夏が他の県と大差ないのかは分からないが、体感温度を上昇させているその日差しの下、見覚えのある瞳と目があった。ミルクティー色した髪に、端正な顔立ち。異性はともかく同性から見ても整った容姿。

彼、白石蔵ノ介はかつてのクラスメートで、男子テニス部の仲間でもあった。容姿だけではなく成績も大変優秀で、尚且つ温厚な性格の持ち主である。そんな彼を人は皆、天才と呼ぶ。
けれどその言葉は、あまり好ましくないのだ。理由を知るものは少ない。何も知らない者たちには、ただの謙遜にしか聞こえないだろうから。


そんな白石と数ヶ月ぶりに顔を合わせた訳だが、数秒の沈黙の後、向こうから驚愕の声が上がった。


「な、なななななななんで名前が居るんや!」

謙也の声が響き、四天宝寺一行はオーバーリアクションを見せた。流石浪速のリアクション軍団である。中学時代のノリを彷彿とさせてくれる。


「名前ー!!ひっさしぶりやんかー!!」

そして、このくそ暑いのに、かつての後輩が声を上げた。金ちゃんだ。少しツンツンした赤髪は私の記憶では、部の中でも一番小さかった気がする。随分と身長が伸びて、立派な男の子になっている。でも彼はまだ中学三年生のはずだ。なんで白石たちと居るんだろう。
すると突然、謙也が片手に持っていた紙袋を地面に叩きつけた。バラバラと散らばるアフロやら派手な衣装。中には見覚えのある物もある。どうやら使う前に用済みになってしまったらしい。わざわざこの大荷物を遥々運んできた謙也にとっては衝撃が大きかったらしい。そんな謙也に、白石がそっと肩に手を置いた。


「心配無用や、謙也。俺が使こうたるわ」

「白石お前ほんまええ奴やな…!!」

「わい背ぇ伸びたやろー!財前とあんま変わらへんのやでー!!」


足下にあったハートマークのサングラスを拾い上げ、爽やかな笑みを浮かべながら掛けた白石。感動で涙目な謙也。そんな二人はお構いなしにぴょんぴょん跳ねて此方に手を振っている金ちゃん。「あほくさ」とそっぽを向いてしまった財前。見覚えのあるメンバーから知らない人たちでさえ、何かしらのリアクションを取っている。実に騒がしい集団だ。

と、そこへ慌てて駆けてくる人物がいた。どうやら先程フラフラと道を逸れていった人物のようである。しかし近付いてくるにつれて、此方も見覚えのある顔であることに気付いた。あれ、もしかして桐谷先輩?


「ちょお、お前等何してん…ええええええええええええええええ」

白石たちを咎めるような声を出した桐谷先輩はみんなの視線の先、つまり私に気付き、顔をムンク並みに豹変させて驚愕した。今までの四天宝寺で一番のリアクションである。
てか何でだ、私は四天宝寺で死んだ扱いにでもなっているのだろうか。


「折角のサプライズがああああああ」

謙也同様、頭を抱えて地に崩れた桐谷先輩の真意が見えない。そんな事を考えながら相変わらずの四天宝寺を見ていると、視界の端で銀髪が揺れた。そちらを向けば仁王が何か言いたげな、怪訝な表情をしているではないか。あ、これはもしかしなくても勘違いしてるフラグ。

なんて思った、その時。




「何があったんですか、一体」

聞き覚えのある声がして、再び振り向く。私と同じ髪色に似た声。ひょろひょろの千歳と一緒に駆けてくる片割れは、慌てた様子で白石たちに駆け寄った。どうやらまだ私には気付いていないらしい。
しかし後ろのジブリ馬鹿は気付いたらしく、少し驚いた顔をして、悟ったように笑みを零した。


ななしは謙也の足元や腕、白石のそれを見やり、憤慨したように声を上げた。しかし、二人がおもむろに此方を指差した事により口を閉じることになる。

「え、何?」

「ななし、前見なっせ」

千歳によって顔を前に向けられた私の妹、苗字ななしは文字通り目を真ん丸にした。


「相変わらず騒がしい集団だね、まったく」

そう言って笑みを零せば目の前の片割れが嬉しそうに破顔した。









四天宝寺の部長である桐谷が挨拶を済ませ、合同のメニューが伝えられた。まずは体力強化と言うことで立海の広い外周を50周となった。そして一斉に走り出した部員に喝を入れる真田。相変わらず鋭い目が、一人の部員に止まり、怒号が飛んだ。いつも犠牲になるのは赤也である。
難なく走り終えた部員達にドリンクを渡していく。一番最初に帰ってきたのはジャッカルだった。肺活量は彼が最も鍛えられているのだから、当然といえば当然かもしれない。


ふと騒がしい周囲を見渡せば、どうやらこの異様な光景は他の部から注目の的になっているようだった。只でさえ奇抜な立海ジャージに四天宝寺ジャージが混ざっているため、否が応でも目立つ。それが外周を走っているからか、吹奏楽部や休憩中らしいサッカー部などが見物ついでに観戦している。
特に女子は凄まじく、邪魔をしない程度の距離から声援を飛ばしている。しかも白石たちのようなイケメンも混ざっているため、声は大きくなるばかりだ。さながら去年あった校内行事のマラソン大会のようだ。あれは凄まじかった。女子の群がどわーって。



「聞いとらんぜよ」

走り終わった仁王が最初に発したのは、これだった。汗で張り付く髪とユニフォームをパタパタと揺らし冷を取ろうとしていたので、タオルを渡してあげた。すると案の定、拗ねたように口を尖らせる。

「妹がおったとか、しかも、双子の」

ちらり、四天宝寺の方で他のマネージャーと協力して仕事をするななしを見やって、仁王は言った。元々四天宝寺でテニス部のマネージャーをしていたのは周知の事である。だからこそ朝練限定とはいえマネージャー業を手伝えたのだ。
しかし双子の妹であるななしについて、立海で知っていたのは柳だけだ。勿論私から情報提供をした覚えはない。まあ、柳としては私が仁王に家族のことを教えていなかったことの方がデータとして好ましかったらしいけど。


「何で教えてくれんかったん」

「え、知りたかったの?」

キッパリそう呟くと、仁王はショックを受けたように口を開いたまま固まった。彼曰く、うちは片親で家族については触れない方がいいのではと思っていたらしい。確かに仁王が訪れる際は母さんしか居なかったし、逆を言えば母さん以外見かけなかったわけだ。そう解釈するのも無理もない。そして、さりげない優しさに少しキュンとしたのは黙っておこう。

でも、片親という表現は間違っていない気がする。実際私を育てたのは母さんで、ななしを育てたのは父さんなんだから。


「ほう、苗字は意外と面倒なことは放置するタイプなのか。データに加えておこう」

「…柳、急に現れるのは心臓に悪いからやめてよ」

我等が参謀、柳が背後から現れて愉快そうに笑った。しかし対照的に仁王は顰めっ面のまま銀髪をグリグリ私の肩に押し付けてくる。どうやら完全に拗ねてしまったらしい。そんなにショックだったのかと少し罪悪感を感じて頭を撫でてやったら、口を一文字に結んだ仁王が一言。


「参謀なんかに構わんで俺の相手してほしいナリ」

「そっちかよ」







「それにしてもあんま似てないっすね、先輩と妹さん」

隣で私達を見ていた赤也はそう呟いた。彼は普段から真田に叱られる姿ばかり見かけるが、その才能を認められ一年にして準レギュラーである。
しかしまだ一年生ともあって彼はマネージャー業を行うことが多い。けれど、はっきり言おう。彼に任せるのは得策ではない。プレーからも窺えるが、ぶっちゃけると雑務を器用にこなせる様な人間ではないのだ。それは他の一年生が「いーから、お前は練習しとけって。あとは俺等がやるから」と頭を抱えるほどである。
最近、ようやくタオル配りや先輩への水分補給を手伝ったりなど簡単な雑務はこなせるようになった。これでよく中学で通用していたもんだと言えば中学からの先輩である仁王曰く早くから幸村たちに才能を発見され、レギュラーに昇格した為マネージャー業をしっかり叩き込まれずレギュラー入りを果たしていたらしい。

まあ正しい判断かもね、色んな意味で。



「一卵性の割にあまり似ていないというのが正しいだろう。的確に言うならば、他人のそら似といった所か」

「ねえ柳、それ本人を前に言っちゃう?」

いつもと変わらない調子で何となく貶されてないか苗字家姉妹よ。

確かに私達は双子だけれど、全世界のツインズに比べてその意識は低い気がする。双子ちゃんの典型的な例は、お互いを姉や妹と認識しない事だ。同時進行で成長を遂げている相手をそう判断するのは難しい。
けれど私たちは幼い頃から離れて暮らしていた。そして両親や周囲が言う姉妹の判別を鵜呑みに育った為、双子より姉妹という意識の方が強いのだ。





「ほらほら、飲み終わったら次のメニューに移らないと。真田がまた怒鳴り散らしに来るよ」

「えー」

「まさ、そんなこと言ったって可愛くないからね」

「えー」

「いやだからって柳が言っても可愛くないからね」




20111223 杏里


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