その日、ディーノと授業合間に校舎内を散歩していたら薄々予想はしていたのだけれど、目の前で金髪が派手に転けた。
土手のような場所からひっくり返った彼は運悪く、この学校の問題児であった銀髪に鋭い目つきのスペルビ・スクアーロを下敷きにして転けてしまったのだった。
噂通り短気な彼は大激怒。丸腰のディーノを蹴り飛ばした。
思わず手に持っていた本を投げ捨ててスペルビ・スクアーロの前に立ち塞がる。ディーノは咽せながらまだ地面に伏せていた。剣を抜き目の前の男は片眉を吊り上げ、怒鳴る。
「退けぇ、俺は女でも容赦しねえぞぉ!!」
そんな言葉お構いなしに私はディーノの傍に駆け寄った。「いてて」と砂埃を払いながら苦笑いで立ち上がった彼は済まなさそうに頭を掻く。あぁ、蹴り飛ばされたときに唇を切ったみたいだ。
「ディーノ、血が出てる」
「ははっ、悪いな名前。毎回毎回…」
「気にしないで」
彼の唇に取り出したハンカチを当ててやると涙目になったディーノが「いっ!」と悲鳴を上げた。私はディーノの手を引いて歩き出す。このままスペルビ・スクアーロに関わって良いことがないのは誰もが知っている事実だ。
片っ端からあらゆる流派の剣士を斬り伏せてきたというスペルビ・スクアーロは白いカッターシャツに黒いネクタイを緩めていて、同じく黒のデニムを穿いていた。
殺気立った鋭い瞳が、私たちを探るように見つめている。そんな視線から逃れるようにディーノの手を引いてこの場から去ろうとしていたのだけれど背後から金属音と、おぞましい殺気を感じた。
振り返って睨みつけるのと同時、反射的にセルパイオが増殖し、スペルビに無数の刃を向ける。
すると驚いたように目を開いた後、眉根を寄せながらセルパイオを見つめる彼は言った。
「そりゃなんだぁ?」
「あんたに説明する必要はないでしょう」
「ハッ、シャッポーネのガキが何言ってやがる」
「あんたも十分ガキだよ」
当時の私は大人しくあまり目立たなかった為にスクアーロには認知すらされていなかったらしい。いや、日本人だというのは知っていたようだ。
私たちはお互いに睨み合っていた。けれど最初に目線を外したのはスクアーロだった。
「興醒めだぜぇ、折角へなちょこをかっ捌いてやろうと思ってたのによ」
「それ、どういう意味」
「そのままだぁ」
意地悪く笑ったスクアーロの真意を知った私は眉間に皺を寄せ、無意識にセルパイオを増殖させた。銀髪は未だに剣を構えている。
「最初からディーノを襲うつもりだったのね、きっかけさえあれば」
「よく分かってんじゃねぇか」
「あんた、噂より嫌な奴ね」
スクアーロは何だかよく分からない表情をして「俺がいい奴に見えた方がどうかしてるぜぇ」と意地悪く笑った。
そして再び私を見つめ、怪訝そうな顔で呟いた。
「そいつは幻術かぁ?」
「いいえ」
「ゔお゙ぉい!だったら何だぁ!」
「誰がアンタなんかに教えてやるもんですか」
ディーノを医務室に連れて行く方が先決である。また背を向けた私たちにスペルビが殺気を向けることはもうなかった。
段々と離れていき、一度だけ振り向いた私の視線に気付いた銀髪は不適に笑ってこう言った。
「吐くまで追い回してやるぜぇ、覚悟しろぉ!!」
言い終わるやいなや剣を鞘に仕舞い、腰に引っかけた彼は颯爽と去っていく。首筋で跳ねる銀髪が太陽に透けて綺麗だった。私は唖然としていたのをよく覚えている。
「その日からスクアーロがどこ行っても出没するからセルパイオも反射的に攻撃するし…」
「へー、カス鮫名前のことストーキングしてたんだ」
「まあ、そんなものかな」
懐かしい話に花を咲かせていると、時間はもう4時前だった。
「マーモン、そろそろだよ」
「…ム、なんでベルが居るんだい」
「ししっ、だってオレ王子だもん」
「答えになってないよ」
すっきりした様子のマーモンはベルを見つけて少し恥ずかしそうだった。無防備に眠る姿を他人に見せるのは暗殺者にとって背中をとられたのと同意だからだ。
「じゃあ行ってくるよ、名前、帰ってきたら一緒にレモネードでも飲もう」
「ししっ、名前は王子とミルクティー飲むんだよ」
「残念だったねベル。僕が先だよ」
「は?王子が負けるわけねぇじゃんオレが先だし」
「ハイハイ、喧嘩になるからストップね」
談話室からマーモンを見送った私はベルと二人きり。静かなこの部屋には使用人さん達が朝食の準備をしている音しかない。
すると、ベルが唐突に顔を上げた。そして綺麗なブルーの目が見えない原因である前髪を摘んで、少し考えるような表情をする。
「名前、帰ってきたら前髪切って」
「え、どのくらい?」
「このくらい」
「それあんま変わんないじゃん」
「いーのいーの」
「どうせなら全部出せば?目」
「ししっ、一応俺国連加盟国の王子だし身元バレんのやべーの」
「あ、そうだったね」
分かったよと返事をすればベルは嬉しそうに笑って、それから何かに気付いたように談話室の扉に目を向けた。つられて、というより確実に私もそちらに目をやる。そしていつぞやのように乱雑極まりなく開かれた扉。
「ゔお゙ぉい!!帰ったぜぇ!!」
昔とは比べものにならない程伸びた髪を靡かせ現れたのはやはりというかスクアーロだった。随分お早いご帰宅である。予定だと3日後に片付くはずだったのに。
そんなスクアーロにベルは顰めっ面を向けた。
「うっせーよカス鮫、…ああ、ストーカーだっけ?」
「はぁ゙?誰かストーカーだぁ!!」
スクアーロは益々怒鳴りつけ、ベルを見つめた。
「ベル!それ言わない約束!」
「あ、忘れてた」
「お馬鹿…!」
隣にいたベルは素で発言してしまったらしい。慌てて口を覆うにも流れた言葉は爆音機の耳へ流れてしまった。
こちらを見つめるスクアーロの口角が痙攣していた。
「…どういうことだぁ、名前」
「な、何でもありませんー私そろそろ任務行かなきゃ!じゃあ行ってきます!」
「ゔお゙ぉい!!待てぇえ!!」
逃亡寸前に敢えなく御用となった。スクアーロに腕を捕まれて、身動きがとれない。ベルに助けを呼ぼうとすれば、あれ何でアイツ扉からこっち覗いてんの何で。
「バイビー!」
ひらひらと手を振って談話室から出ていったベルに「テメコラ待てぇええ!!」と叫んだけども逃げる手立ては見つからなかった。
「す、スクアーロ私任務あるし…」
「そんな名前にいい知らせだぞぉ、本部の奴等が犯人とっ捕まえたんだとよ」
「そ、それは何より…私はどうしたら…」
「急遽休みだな。丁度いいじゃねぇか、俺も休みだ。たっぷり時間はあるぜぇ?」
この馬鹿、と叫ぼうとした唇に彼が噛みついたのは数秒後。
20110608 杏里