「名前!」

任務帰りに寄ったカフェで珈琲を啜っていると聞き慣れた声がした。辺りを見回せば、少し向こうから癖のある金髪が近付いてくる。

「ディーノ!」

「おう、久しぶりだな!」

キャバッローネファミリーのボス、ディーノは相変わらずだった。彼特有の柔和な笑みを浮かべ、此方に歩んでくる。ディーノはうちの連中とは真反対で見た通り温厚な性格をしており部下からの信頼も厚く有名かつ優秀な若手のボスである。仕事帰りなのか正装のスーツに身を包んだディーノは日の光だけではなく輝いてるように見える。

しかし私はあることに気が付いた。彼の部下であるロマーリオさんが居ない。キョロキョロ見回すけれどやはり居ない。おかしいなぁ、ディーノは彼が居ないと、

「うぉわ!?」

部下が居ないと実力を発揮できないという難癖を持っているのだが。






「任務帰りだったのか?」

「うん、今日は情報収集だったから楽だったけどね」

「そっかそっか」

いつの間にか向かい側の席に腰掛けたディーノは同盟ファミリーとの会合後だったらしい。偶々車を走らせていたら、私が見えたと。勿論助手席にはロマーリオさんが居たのだという。此処だけの話、失礼かもしれないというより確実に失礼なのだが、部下なしのディーノの車には絶対乗りたくない。先程言ったように部下が居なければ彼は何も出来ないのだ。だからか、ディーノはもう長い間彼女が居ない。性格も容姿も地位も実力も申し分ないのに彼女が出来ないのだ。



店員さんに「彼女と同じやつを」と頼んだディーノは最近エンツォが少し歩くのが早くなっただとか鞭の柄を新調したんだとか、ありふれた話をし始めた。それに頷いたり相槌を打ったりして会話は進んでいく。


「にしても名前がヴァリアーかぁ…何年経っても違和感だらけだな」

「あはは、自分でもそう思うよ」

「未だに名前が隊服来てるとギョッとするんだぜ?」

「それはいい加減慣れてよ」


ディーノは少しはにかんで「努力する」と呟いた。しかし彼が次に発した言葉に私は思わず眉間に皺を寄せてしまう。

「名前は本部で親父さんの後を継ぐかと思ってたんだけどな」

ディーノにしては少し咎めるような言い種だった。彼の言葉の後がどう続くのか、それさえも見当が付いた。
理由はよく分かっている。原因は私にあり、一生恩を返し続けても足りないくらいの恩恵を受けた父を、裏切ってしまったからだ。もしあのまま本部に身を置いていたら、七年前のあの日、私は。


「ディーノ、私は私だよ」

「あー、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ただほら、ヴァリアーだと会いに行きにくいだろ?」

悪戯っぽく笑ったディーノはアイスコーヒーを手に取った。しかしガラスコップは彼の手を離れ、ガシャッと零れた。

「うわっ、ヤベッ!」

「あーあ」

「あはは、ロマーリオ連れてくればよかったな」

ディーノとはマフィア学校の頃から一緒だった。へなちょこディーノと呼ばれ、虐められ、そんな自分がファミリーの天辺に立つだなんてと悩み続けた彼も今では立派なマフィアのボスである。まったく、私たちも歳をとったもんだ。


「それにしてもあれだよな、スクアーロと名前がくっつくなんて今更だけど驚きだよな」

「ほんとさっきから今更な話するね」

「だってさ、俺にしか笑顔振りまかなかった名前があのスクアーロとだな…」

「言ってることが親父臭いよ」

彼と私の父は昔から親交があった。だからこそディーノとよくセットにされたものだ。同じ年頃の友人が居らず、自らが望んだのもあり本の虫だった私を外の世界と触れあわせるためにお優しい父が提案したことだったのだけれど。結果は現在に現れている。私は元気だ。


彼は優しく心は誰よりも強かった。時々セルパイオに切り刻まれそうになっていたけれどディーノの本質を知ってか彼に対しては幾分手加減していたと思う。
それを考えればスクアーロに対してはとことん手加減なかったなぁと笑ってしまった。


「ん?どうした?」

「いや、スクアーロはよくセルパイオにやられてたなと思って」

「あぁ、スクアーロは昔っから血の気多かったからなあ…」

コーヒーが底を尽き始める。おかわりはと尋ねてくる店員さんに「ありがとう」と微笑むと、頬杖を付いたディーノが私を見つめて「変わったよなぁ」と上の空みたいに呟いた。

「何が?」

「名前が」

「私?」

「そ、名前が」

「嘘だぁ、私何も変わってないよ」

「いーや、変わったって。少なくともあの頃の名前は他人に愛想振りまくような可愛げのある子じゃなかったしな」

「うわ、ひどい。ディーノだって泣き虫だし弱いし何も出来なかったじゃない。変わったよ」

「言ってくれるじゃねぇか。まあ、そんな名前だから俺も一緒に居たんだけどな」

「まあ私もディーノだから一緒にいたんだけどね」

「お互いにいい変化を迎えたってわけだな」

「そうみたいだね」

顔を見合わせて笑って、それから手元のコーヒーに再び口を付けた。するとディーノが急に思い付いたように「スクアーロは?」と緩んだ顔で聞いてきた。な、なんだいきなり。

「あいつも変わったよなぁ」

「…そうかな」

「変わった変わった。ていうかあいつは名前に会ってから変わったんだよ」

「…どこが?」

「丸くなっただろ?」

「いやいやいや思いっきり怒鳴り散らしてるからね」

「そりゃあスクアーロの癖なんだから仕方ないだろ。それよりほら、二人きりの時とか?」

「ディーノ!」

「あはは!悪かったって、そう怒るなよ」

顔が熱くなるのを感じて思わず頬を押さえてしまう。まったく悪びれた様子のないディーノを睨みつけたものの慣れている彼にダメージはない。


「でも本当、スクアーロ丸くなったぜ。確かに俺たちに見せる顔は冷酷だし徹底してるけど名前の前じゃあいい彼氏だしな」

「彼氏…っていうよりお母さん化してるよスクアーロ」

「マジか」

と、ディーノの着ていたジャケットのポケットから携帯のバイブ音がした。「あ、悪い電話だ」とか言って通話ボタンを押した彼は口パクで「ロマーリオだ」と肩をすくめてみせた。

「分かった、あと少ししたら行く。大丈夫だって、俺だってそれくらい…え?信用できない?おいおいそりゃないぜロマーリオ…あぁ、分かった。ん、じゃあな」

「ロマーリオさん待たせてるの?」

「あぁ、すっかり忘れてた。じゃあそろそろ行くな」

「うん、何かごめんね長引いちゃって」

「何言ってんだよ、見つけたのは俺だし名前が謝る必要なんてねぇだろ?」

「ディーノってほんと、お人好し」


クスクス笑うと「それが俺の押しだから」とウインクされた。うへぇと舌を出したら「今のは傷付いた」と心臓を押さえていた。
そして颯爽と出口に向かったディーノだったが、近くの椅子に足を引っかけて派手に転んだのだった。

「ディーノやっぱり見送るよ」

「すまない…」




20110603 杏里





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