傘下に入ると見せかけて奇襲を行った弱小ファミリーの掃除は反吐が出るほど退屈だった。どいつもこいつも訓練はされてあるが、闘争心を萎えさせる奴等ばかり。
軽く剣を振り回したらロクに防げなかったんだろう、頭と胴体が分離、簡単に死にやがった。呆気ねぇもんだ。

大体、歴史の浅いファミリーとボンゴレが易々と同盟結ぶと思ってんのか?明らかにこっちからの罠って事も気付ねぇなんてカスだな、カス。
斬り捨てた奴等をどんどん積み上げていく途中まだ息のあったやつが発砲しやがったが、的も絞れねぇヒットマンなんざ怖くねぇ。早々に首を掻き斬ってやった。


そんな任務から解放された俺は真っ直ぐあいつの部屋へ向かっていた。
今日は珍しく非番だというのに自室へ篭もっているらしい。いつもならベルやマーモンと談話室でチェスをやったり、ルッスーリアと雑談してるんだがなぁ。
何かあったのか、たったそれだけの理由で名前の顔を見に行く俺は相当骨抜きにされているらしい。







廊下を抜けて、北の塔の突き当たりへ向かう。此方の塔は陰りが多く、名前としても、名前のセルパイオにしてもいい環境らしい。
扉が見えてくると名前の部屋からは小さな気配が一つだけ感じられた。だがそれはとても落ち着き払っていて、もう一度気配を巡らせると小さな呼吸。


どうやら寝ているらしい。


律儀に扉をノックすれば中の気配が小さく動くのを感じた。しかし、変化はたったそれだけで、部屋の住人が起きることはなかった。

「チッ、眠りこけてやがるな…ゔお゙ぉい、入るぞぉ」

そう言って返事も待たずに部屋へ入ると、もう見慣れてしまった一室が目に入る。真ん中の部屋には三人掛けのソファーやテーブルがあり、その上にはあいつの隊服が脱ぎ捨てられていた。
相変わらず汚れのない綺麗なままのそれに目をやって、あぁ、と隣の寝室に足を向ける。



「やっぱりなぁ」

寝室にはダブルサイズのベッドがあり、あいつの好きなワインレッドのカーテンが、少し開けられた窓の風を受けて揺らめいていた。

名前は予想通りベッドの上にいた。
正しくは黒い自分の影に包まれてだが、柔らかそうでシルクのような黒が名前をやんわりと包み込んでいて、中で眠る姿がうっすらと見えた。
隊服の中に着ていたのだろうカッターシャツがベットの横に皺だらけになって落ちている。薄手のシャツと下着だけで眠っているようだった。ゴクリ、と喉が鳴ってしまったのは不可抗力だ。






名前は睡眠をとるとき、ほとんどを影の中で過ごす。それは本人の意思とは関係なく、影の意志によるものである。
名前の影は周知の通り優れた戦闘能力と防御力を兼ね備えている。例え名前本人が反応できない領域の攻撃でも意志を持つ影により防ぐことも可能だった。

マーモンによればこれは幻覚などの類ではなくあくまでも意志を持つ影なのだと言う。つまり名前とその影は元は一つであり、深いところで繋がっていながら別々の意志を持っているらしい。

「彼女の影は幻覚とかそういう類で片付けられるものじゃないね。世の中の物すべてに道理を付けないといけないなら幻覚は存在しないし、術士もいらない。彼女の影もきっと存在しないさ」

そう言った強欲な赤ん坊は「まったく興味深いよ」と溜息をついた。名前自身でさえ影について全て理解しているわけではないというのだから、周囲の俺たちが分かるはずもない。


「ゔお゙ぉい、起きろぉ名前」

優しく影に触れ、肩の辺りを揺らすと中で眠っていた名前が眉根を寄せた。ゆっくりと長い睫毛を揺らしながら目を開き、とろんとした目が俺を捉えると、談話室で見たように影がほろほろと流れて消えていった。すると名前は「おはよう」と小さく笑う。

こんな風に名前に触れるようになるまで俺は大層努力した。何故なら有能な名前の影は、自分の主の睡眠や生命を脅かす物に対して容赦がなかったからだ。
昔は眠っている名前に近付くだけで鋭い針にも似た影が俺を刺し殺そうと飛び出してきたし、初めてこいつの影を目の当たりにした時なんざ全力で殺されかけた。
まあ俺が形振り構わず剣を振り回していたのが原因だったんだがなぁ。

ふわふわと頭を揺らす寝起きで頭の冴えていない名前は俺を見た後、何かに気付いた犬のように鼻をクンクンさせた。そして眉を垂らして悲しそうに、ベッドサイドに腰掛ける俺を見上げる。必然的に上目遣いなこいつに男っていうもんは不便だと思った。どうやら俺は血生臭いらしい。しまった、シャワーくらい浴びてくりゃあよかった。


「スクアーロ、任務帰り?」

「そうだぜぇ、お前が非番だって聞いたもんだから邪魔しに来てやったんだぁ」

「む、なんだとー」

「ゔぉい、ちょ、」

ばさり、とシーツに倒れ込んだ俺たち。お互いに顔を見合わせて、それから噴き出す。可笑しそうに肩を揺らす名前は、目尻に涙を溜めていた。
隣にごろんと寝転んだ名前は俺を見つめてくる。何かを見つめ続ける、あの眼差しで。

俺はそんな名前を優しく抱き締めてポンポンと頭を撫でてやった。すると、ゆっくりゆっくり背中に回される腕。更に近くなった俺たちの距離が俺の心臓を激しく動悸させる。

「髪、伸びたね」

俺の髪を触りながら呟いた名前はまたうとうとと目を閉じかけていた。最近溜まりに溜まった睡眠欲が彼女を引き戻そうと躍起になっているらしい。

「七年も経ったからなぁ」

「早いね」

「そうだなぁ」

「あたしたち出会って何年目?」

「あ゙ー、八年くらいじゃねえか?」

「八年、かぁ」

もうそんなに経ったんだ、なんて感慨に耽る名前は欠伸を一つ、目を擦った。

考えてみればそうだ。俺たちはマフィア学校で偶然出くわして以来、何だかんだ言ってずっと一緒だった。


学生時代、片っ端から邪魔者や実力者を切り刻んでいた俺はキャッバローネ次期ボスでありながらへなちょこだった奴が妙に目障りで斬りつけてやろうとした。


そんな奴の前に出てきたのは他でもない名前だった。
俺に蹴り飛ばされた跳ね馬の前に無言で立ちはだかる名前に「退けぇ、俺は女でも容赦しねえぞぉ!!」と、まくし立てたのだがまったくの無反応。挙げ句の果てには黙って跳ね馬の手を引いて帰りだした。
ならば実力行使だと剣を振り上げた瞬間、今でも鮮明に覚えている。此方を振り向いた女とその背後の黒い影から鋭い殺気が突き刺さったのだから。

それも、この俺の体が一瞬硬直するような。



昔話はそれくらいにするか。それから一悶着あって、俺たちは次第に近付いていくことになる。だからヴァリアー入隊も、ゆりかごも、常に名前は俺と一緒だった。
隣を見ればジャッポーネ特有の真っ黒な瞳が真っ直ぐ見つめてくる。あれだけ臓物をぶった斬ってぶちまける俺を、いつまでも変わらない目で見つめてくれるのは今も昔も名前だけだった。



「なぁ名前」

「ん?」

「俺、お前が好きだぜぇ」

ぽろりと口にした言葉に名前は長い睫毛に囲まれた目を見開いた。今までだって何回も言ってきた言葉だというのに、だ。
少し朱に染まった頬を隠すように唇を尖らせてそっぽを向いた名前は目を泳がせる。

「スクアーロってさ」

「ん゙ぁ?」

「偶に突拍子の無いこと言うからビックリしちゃうんだけど」

宙を泳ぐ名前の視線を俺に向けるため、両頬を掴んで顔を此方に向けさせる。その瞳を覗き込むように直視して俺は言ってやった。

「これくらいで一々驚いてたらキリがないぞぉ」

またひとしきり笑って俺たちは目を合わせる。長い間近くにいる癖に、こうやって見つめ合う時間は意外にも少ないもんだ。

「今日はもう任務ないの?」

「あと30分後からだな」

「あらー…ご苦労様、スクアーロ」

控え目に降ってきたキス一つで御機嫌になれる俺は案外現金なのかもしれない。「スクアーロ、顔赤いよ」なんて意地の悪い笑みを浮かべるこいつに「誰のせいだぁ!!」と叫んでから、お返しとばかりに唇へ噛みついてやった。すると名前は、それはそれは嬉しそうに目を細めて笑いやがった。



20110529 杏里






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