いつものように持ち出した本を片手に赤い絨毯の上を闊歩していると、手前から誰かがやって来た。元より暗がりのアジトであるが、ここの塔は更に暗い。
そんな視界に、ふわふわと浮いている影を見つけた。シルエットはフードを被った小さなもの。そんな赤ん坊はこのヴァリアーにも、世界中にも一人しかいない。


「マーモン、どうしたの?こっちの塔に来るなんて」

「君を探してたんだ。ちょっと来てくれないかい」

名前の部屋のある北塔は翳りが多い。だから日の光で痛みやすい物、つまり書庫や資料室ばかりが内接されている。そのため余り人が寄り付かず、廊下に響く足音は書庫へ向かう名前の者か、そんな名前を頻繁に訪ねるスクアーロか、はたまた彼女の部下たちぐらいであった。
暗殺部隊の人間、ましてやヴァリアーの者がこぞって読書をしていたらそれはそれは恐ろしい情景だろう。


そんなヴァリアーで数少ない読書好きの名前がこの塔に部屋を置いたのは自分自身とその影が好む環境であったからである。
そんな場所に金銭にしか興味を示さないマーモンがやって来たとなると目を丸くしたくなる気持ちも分かっていただける筈だ。


「いいけど、私の部屋じゃだめなの?」

「君が構わないならそれでもいいけど」

「この塔から別の塔に行くの時間掛かるし、私は構わないよ」

それに手元にある本もなんとかしたいし、と続けた名前はマーモンを自室に招くことになった。






「で、用件は?」

単刀直入な言葉にマーモンは「これを見て御覧」と資料を手渡してきた。ざっと目を通すと、そこにはチェーロッチファミリーの人間が持ち出してきた資料の簡略なものがあり、マーモンをソファーに促すと目を通していく。

この件については主に私が請け負うことになっており、今もマーモンと連携を組んでいる。

「これって…」

「USBメモリの中に入っていた情報さ。このメモリは特殊な物で所有者のアカウント以外の情報機器で開こうとすると、相手のデータを破壊するウイルスが起動するんだ。科学班が解析に苦労してたよ」

「それで解析が遅かったんだ。あのオジサンとんでもないもの持ち出してくれたのね」

「驚くのはまだ早いよ」

「え?」

マーモンは隊服の下から小型のパソコンを取り出して此方に提示する。



「これ、は」

「どこからどう見ても、君と『同じ』だろう?」

そこに記されているのはいかにもと、人体実験に使われたであろう少年少女たちの写真。暗い表情の下にある感情は読みとれない。ただ共通することは、背後の影に意志があることが窺えること。


「セルパイオと同じ…」

「そうさ。彼等チェーロッチファミリーは君と同じ能力を持った人間で、従順で戦闘に秀でた能力を持った兵器を作りたかったんだ」

「けど、そんなこと」

「上手く行くはずがない。名前のセルパイオは先天的な物だろう?後付けで作られたそれが上手く働くはずもない」

マーモンはとあるフォルダを開き、への字に曲がっている口を更に引き締めた。
そこにあるのは影を使役していた子供が自らの影に飲み込まれ、辺りに血液を撒き散らす映像だった。


まさに、先日の襲撃事件の少女の末路と同じで。


他のフォルダを開いてもこの実験は上手く行かなかったようで、殆どの少年少女たちが自らの影の犠牲になっていた。そして、最後のファイル。見覚えのある、あどけなさの残る顔の少女が唯一影の使役に成功した。

しかしそれはセルパイオを使う私からしてみれば余りにも弱々しく、そして恐ろしかった。彼女の影は主である少女のエネルギーを奪い活動源にしていた。つまり、彼女が偶々持ち得ていた死ぬ気の炎を糧にしていたのだ。

「彼等の狙いは君だったみたいだね」

「じゃあ、あの襲撃事件は、」

「チェーロッチファミリーが仕組んだと考えていいと思う。よかったじゃないか、本部に貸しを作るどころかお釣りが返ってくるだなんて」

マーモンはへの字の口を小さく上げた。この子、本部からふんだくる気だ。


「襲撃事件についてはまだ本部に報告してないんだろう?」

「うん、してないよ」

「だったら話は早いね。君を狙うと言うことはヴァリアーに喧嘩を売ったのと同意なんだから」

僕等ヴァリアーを敵に回したことになるけど、と小さな小さな赤ん坊は笑って、私を見上げた。


「このことはスクアーロに教えないのかい?」

「そうしたいけど、無理みたいね」

「まあ、今回ばかりは黙ってあげられないよ。君だけの話じゃなくなってるんだから」

「…うん、」

黒いヴァリアーのコートの中に資料を仕舞い込みながらマーモンは呟いた。

「君のことだからスクアーロを巻き込みたくないとでも思ってるんだろうけど、間違ってるよ」

腰掛けていたソファーから立ち上がると、ふわりと浮かんだ。

「スクアーロは鮫さ。血の臭いを嗅ぎ付けて食らいつく、獰猛なね」



マーモンちゃんが出はってる。
20120411 杏里





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