「まさか、そんな」

翳りから現れた姿、目の前の影は自分の背後に控えているのと同じ物のように見受けられた。真っ黒に揺らめく姿はセルパイオそのもので名前とスクアーロは目を見開いた。

「ゔお゙ぉい、どういう事だぁ。ありゃあセルパイオじゃねえかぁ!」

「…みたいね」

スクアーロにもそう見えるようだ。だとすれば下手な攻撃は無力に等しいだろう。あの影が銃弾をも防いでしまう鉄壁を誇ることは私自身が良く知っていた。しかし、一概に目の前のそれが自分の影と同等の能力を持っているとは限らない。マーモンが居れば何かしら見解を頂けただろうが、生憎彼はアジトに居る。

「もし私のセルパイオと同じなら、攻撃は不可能に近いよね」

「んなモン、俺が一番分かってる」

「経験者は語る、ってわけ?」

はにかんで相手の出方を見定める。さて、この小さな暗殺者をどのように扱おうか。そう試行錯誤しているとスクアーロの眉がピクリと反応した。まさか、と横を向いた瞬間、彼は抜いた剣を片手に突っ込んでいった。

「ちょ、スクアーロ!」

「まどろっこしいのは御免なんでなぁ!」

スクアーロの斬撃が近くにあった水路の水を巻き上げて衝撃波を作り上げた。成程、上手く考えたものだ。ここならスクアーロの方が地の利がある。
しかし、相手のセルパイオが攻撃を許すはずもなく影によって阻まれた。呆気なく水に戻って地面に染み込んでいく。

スクアーロが舌打ちをした。けれど彼の顔は何やら不遜な表情で、それはスクアーロが相手の攻撃を見切った際に見せる顔だった。あの顔をしたとき、標的は必ず地に落ちる。しかし子供相手になんと傲慢な。

今まで任務で女子供関係なく始末してきたのだけれど、今回は一筋縄では行かないだろう。そんじょそこらの殺し屋よりも、ずっと厄介だからだ。加勢に入ろうかと考えたが、やめた。無闇に彼のペースを崩せば私が斬り伏せられかねない。





スクアーロが姿勢を低く構える。そして再び斬り込んでいく。スクアーロの必殺技の一つ、鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)だった。並々ならぬ衝撃を相手の体にぶつけ、衝撃波により麻痺させてしまう。
攻撃を受けた影は先程のように上手く防御を行う。スクアーロの斬撃が次々と繰り出されるが、全て受け流されていく。子供は無表情に攻撃を防ぎながら更に背後から増やした影で狙う。
それはついにスクアーロの心臓を貫いた。続けてとどめを刺すようにありったけの影が絡みついていく。ついにはスクアーロを呑み込み締め上げていく。これでは、いくらスクアーロでも無事ではない。原型すら留めないだろう。





けれどそれは、ばしゃりと水に変わる。目を見開いた子供は背後の気配に気付いたらしい。振り返るものの、スクアーロのスピードには追い付かない。右斜め下から斬り上げられた子供の体は宙を浮き、嫌な音を立てて崩れ落ちた。水に自分の姿を映し、囮にして敵に隙を作らせたのだ。ほんと、子供にも容赦ない。



「テメェ、何者だぁ」

ジャリ、と足場の石が彼の黒靴の底を擦る。影の姿は見あたらない。もしあの影が私のセルパイオならとっくに主人を庇うべく、傷の手当なり止血を始めるはずなのに。

「スピードはあるが影との連携が鈍い。俺の姿を映した水とも気付かなかったしなぁ、本物なら貫いた瞬間に感触でバレてた筈だぁ」

鋭く睨みつけるとスクアーロは今の攻撃について語った。斬り伏せた相手に自分が如何に攻略したかを語るのは彼の癖である。
たった一度攻撃を受けただけで敵の体力やスピード、さらに影との連携の誤差までを見抜いてしまったのだ。さすが剣帝を破った男なだけはあると私は軽く笑う。

そんな私たちに口の端から流れ落ちている血を拭いながら子供は無邪気に笑った。まるで父親に抱えられたような、心底嬉しそうな声で。今までの無表情は何処にやったのか、表情豊かなその顔に私とスクアーロは面食らった。


「…おねーさん、」

子供の目が此方を向いた。虚ろな目が、ゆっくりと光を失っていく。なのに何故、そんなに嬉しそうなの。何故、解放されたような顔をするの。子供は目を細めた。嬉しそうに口が動いた。

「わたし、おねえさんになるように言われたよ。いっぱい、いっぱい殺しなさいって言われたよ。だから殺したの。でもね、お姉さんが誰か分からなかったから、いっしょけんめいまふぃあの女のひとをさがして殺したよ、そしたらね、やっとおねえさん見つけてね、それでね…」

子供は涙を流している。何故、さっきまで喜んでいた癖に。少女は手を伸ばす、此方に、手を。思わず差し伸べられた手を取ろうと体が前に傾いた。スクアーロが何か言いたげに揺れたけれど、私は少女を見つめていた。

「やっとおわったよ…おねえさん、殺すのむりだってわかってたもん、おにいさんもつよいし、だから、これで…おわ、り、」

一瞬にして増幅した影が、少女を呑み込んだ。血の張り詰めた袋が爆発したように飛沫が飛ぶ。私のセルパイオじゃない。彼女の影が、主人をなぶり殺した。



どうしてだろう。いつもなら、悲しくなんかない。いつもやってることなのに、慣れてるはずなのに。

「なんな、の…」

少女のあの表情を私は知っている。安らかな眠りを迎えることを受け入れた、死を迎える人間の顔。
べったりと付着した血を拭いながら私は血溜まりを見つめた。頭から被った鉄分がドロドロと垂れてくる。口を開いた拍子に端から咥内へ入り込んできた。

鉄の味に混じって、塩分を感じた。



20110904 杏里





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