日差しは強く照りつける。夏はまだ始まったばかりで空に浮かぶ太陽がギラギラと輝いていた。
ヴェネツィアの街中を黒のキャミソールにデニム生地のショートパンツを穿いた女が歩いていた。小柄で幼さを感じるものの、どこかしらミステリアスな雰囲気を漂わせている。イタリアの男たちがそんな女性に声を掛けないはずもない。しかし彼女は話しかけられそうになるとその前にするりと逃げてしまう。まるで、蛇のように。


手元には茶色い紙袋いっぱいに入ったパンやフルーツを抱えていて黒のサングラスを掛けているせいか目元は窺えない。顔立ちはアジア系、ジャッポネーゼ、艶のある黒髪に白い肌、特徴的なふっくらとした唇が小さな笑みを浮かべていた。


「はぁいオニーサン、私と一杯お茶しない?」

「人待たせといて何言ってんだぁお前は」

白い高級車の傍に立つ、端正な顔立ちで銀髪の男に歩み寄った女は更に笑みを深めた。男は暑さにうんざりしているのか、それとも生まれつきか切れ長の目を釣り上げて眉根を寄せた。けれどそこに嫌悪は存在せず、目には優しさが窺える。


「ちょっとふざけてみた」

「暑いから早く乗れぇ」

「はーい」

男は女から荷物を受け取ると後部座席に乗せ、女を助手席に座らせ、自分は運転席に戻る。そしてエンジンをかけるとハンドルを握ったのだった。











そんな車を見つめていた二つの目玉。きゅるりと一回転すると、カサカサに乾いた唇から高い声が漏れた。


「このまま追跡を続けますか?……了解致しました、続けます」











「ねえスクアーロ」

「あ゙ぁ、一人だけだが…つけられてんな」

ハンドルを握るスクアーロは面倒そうに眉を顰めた。ヴェネツィアでの任務が終わり、そのまま休日を楽しんでいた私たちは先程まで一般人カップルを装っていた。まさかあのヴァリアーの幹部二人が陽の光の下を堂々と歩いていて自分を殺そうと近付いて来るなど思いもしなかっただろう。呆気なく死んだ標的を死体処理班に任せ、水の都と名高い都市を出歩いていたのだ。
偶には一人でのんびり買い物がしたくてスクアーロを待たせていたのだけれど、私が人混みから見えたのだろう。クーラーの利いた車内からわざわざ降りた彼は私を出迎えた。暑いなどとぼやいても、スクアーロのようなさり気ない気遣いに適う奴なんていない。

それは置いておくとして、暗殺部隊の幹部を、それもヴァリアーの幹部二人を追い回すなんて馬鹿な真似をする奴が居たものだ。しかもあのスペルビ・スクアーロと、セルパイオ・レディである。



「どうする?」

「迎え撃つ」

「スクアーロらしいね」

車がわざと路地裏に入り込む。ヴェネツィアは入り組んだ道が多く、水路が沢山ある。相手を手中に収めるには地理に詳しい私達に不利はない。実にいい条件であった。

追跡者もその後について来ているようだった。四方八方を囲まれたこの場所は同盟ファミリーのシマだ。ちょっとやそっと暴れたからといって文句は言われないはずだが。


スクアーロと同時に車体から降りて、周囲を見渡す。すると先程まで張り詰めていた殺気が掻き消えて、辺りは静かなものとなる。レンガ造りの建物が高くそびえ立っているため周囲は少し暗がりだった。違和感だけが体を刺激する。私は思わず眉を顰めた。


「殺気が消えた?」

「油断するなぁ、まだ微かに気配がある」

すると、右手にある路地に人影が射した。瞬間的に目をやったスクアーロは剣を抜き、私はセルパイオを背後に忍ばせる。しかし、翳りになっていた場所から現れたのはとても小さな人物だった。小柄なのではない。

「子供、だとぉ?」

スラム街の子供のようによれた服を着て、ベルのように隠れた両目、前髪は伸び放題で顔は窺えない。中性的な顔立ちであるのは何となく読み取れた。二人の頭の中には民間人が現れたのかという意見が過ぎったが、こんな入り組んだ路地裏に子供が紛れ込むのは不自然だ。


「目標と対峙、作戦に移ります」

予想は的中した。高い声、同時に子供の背後から伸びる何かに名前は目を見張った。足元からゆっくりと立ち上がる黒い影が揺らめく。その様はまるで、自分を見ているようで。

「まさか、そんな」

その子供の背後には、見慣れた影が蠢いていた。




20110729 杏里





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