季節は夏を迎えた。イタリアの夏は湿気はないもの、暑いものは暑い。下手したらミイラになりかねない。イタリアの地下には昔埋葬されたミイラが沢山あることは有名な話である。
私たちのアジトは冷暖房完備なんだけど昨日の落雷のせいで自家発電の電力が底をつき、防御装置や冷蔵庫への電力を優先したため絶賛無冷房中だった。
そんなこんなんでベルが暑すぎて苛々して挙げ句の果てに使用人を殺してしまった。ただその場を通りかかった、新人の使用人だった。「あっちー、苛々するー」なんて呟いて何も考えず投げたナイフが彼女の心臓を一突き。彼女も不運だった。まさかこんなことで死んでしまうなんて誰も思わなんだ。



「ごめんなさい、仕事を増やしてしまって」

命を絶たれてしまった使用人の瞼をゆっくりと瞑らせる。胸に刺さったナイフは抜かない方がいい。血液が溢れ出して彼女も彼女の仲間も嫌な思いをする。早く連れ出さなければ。暑さは肉体を簡単に蝕む、生きている私たちでさえ生命の危機に陥ることがあるというのに既に殻になった肉体がどうなるかなんて容易く想像できた。
この子を殺した当の本人は他の使用人に頼んで持ってきてもらったジェラートを食べている。


「いえ構いません。この子に運がなかったんです、それに苛々していらっしゃるベルフェゴール様の目の前を歩いていたこの子が足りなかったのです」

目の前にやってきた古参使用人の中でも若い彼女は悲しげに目を伏せた。彼女たちが本部に配属されていたならこんな目に遭うことは無かっただろうに。しかしここは男所帯である。女手が足りないのは深刻な問題だった。従って、また私たちは貴重な人材を失ったことになる。

「うーん、新人だからそれがどんなに危険か知らなかったのかもね…まあ今更言ったってどうしようもないけど」

死人にクチナシとは言うものの、その逆も然り。私たちの声は彼女には伝わらない。残念でした、としか言い様がない。




「ベルには私からしっかり伝えておくから、出来る限りは」

「ありがとうございます。このお屋敷でその様に気にかけてくださるのは苗字様だけでございます…」

「此処の人ってあんまり周りを見ないからね。いつも美味しいご飯とふかふかのシーツに感謝しているならこれくらい大したことじゃないよ」

使用人の責任者である彼女にそう言えば、どこから取りだしたのかハンカチで流れる涙を拭き取り始めた。そんな彼女を宥めて、死体を運び出す使用人達は深々と頭を下げて退室していった。そこへ丁度スクアーロが任務から帰ってきて、運び出される死体に呆れたように溜息をついた。

「またベルかぁ」

「残念なことにね」

「ったく、アイツは何人殺せば気が済むんだぁ!」

スクアーロはこの夏場でありながら律儀にヴァリアーの黒コートに身を包んでいる。それを近くに通りかかった使用人に渡すと、ワイシャツの首元からボタンを外していった。今の談話室には私たち以外誰も居ない。ベルはさっさと自室に寝ころびに行ったに違いない。それかマーモンの部屋だ。あそこはいつも暗いから涼しいだろうし。

「なあ名前」

「ん?」

「俺は今からまた任務なんだぁ」

「あら、私も夕方から任務だよ。ベルとツーマンセル」

「怒涛のAランク任務三連発」

「いや、ほんと…スクアーロ大好きです」

思わず頭を下げてしまった。いやだってAランク任務三連発とかそりゃ私だってこなしたことあるけどさ、スクアーロの場合他にもSランク任務を立て続けにこなしてきた後だからね。




「で、一体何が言いたいの?」

「キスがしたい」

「…」

いい歳した22歳がキスがしたいとかマジな顔で言ってるんですけども。え、これ如何なもんですか。スクアーロは任務関連については極度の真面目さんだから息つく間もなく動いてたんだろう。そんな中でようやく一息つけたというのにこの人は酸欠になりたいのだろうか。


「別にいいけど、なんっ…」




あれ、噛みつかれた。















スクアーロの舌が私の唇を割って侵入してきた。私の舌に触れたそれは、任務帰りの高揚感をそのままにしたように熱を帯びている。絡みついてきた舌は私の酸素を奪う、息が上がる。唾液が混じって水音がする、リップ音だってする。何度も角度を変えて侵入してくる舌が一度離れてペロリと私の唇を舐めた。

「ん、」

「やべえ、なぁ」

スクアーロが吐き出した吐息が熱を帯びている。それは部屋が暑いから?それとも私たちが熱いから?

「頭、クラクラする」

「俺もだぁ」

スクアーロの首元に顔を寄せると、私を気遣ってか鬱陶しそうに長髪を首の後ろに流した。お互いが引っ付いていると熱は増すのに何でこんなに心地がいいんだろう。
スクアーロが額にキスをした。私たちって八年も付き合ってるけど大概バカップルだよね、もうこのまま溶けて一つになったって笑って許せちゃうような。


「ゔお゙ぉい、珍しいじゃねえかお前からするなんざ」

「私だってね、スクアーロに触れてたいんだよ」

「そりゃあ嬉しい限りだぜぇ」

いつも怖い顔をしているスクアーロの表情が綻んだ。ああこんな時、無性に胸の奥が熱くなって甘く締め付けられるのだ。これが幸せの代名詞なんじゃないかと、ちっぽけな人間の私は密かに思うのだけれど。


自分から重ねた唇はやっぱり熱を持っていた。キスの途中にうっすらと目を開けば貴方と目が合った。切れ長の目にグレーの瞳が私を見つめている。ああ、また胸の奥が熱い。


「…す、スクアーロ、時間…」

「チッ、もうそんな経つかぁ?」

クタクタの私の頭を優しく撫でて彼はソファーから立ち上がった。その時の表情がとても幸せそうで、私がその笑みを作ることが出来たことが嬉しくて、新しく用意してあったコートに袖を通したスクアーロの頬に、ちゅ、とキスを落とす。びっくりしたらしく目を丸くした彼は何故か顔を片手で覆い隠した。どうやら照れていらっしゃるようだ。相変わらず不意打ちに弱い。



「Vedi come sono pazzo di te?俺がどんなにお前に夢中か分かってんのか?

「わかってるよ?だからこーゆうことしちゃうと任務より続きがしたくなっちゃうんでしょ?」

「人が覚悟を決めて任務に行こうってのに簡単に崩しやがって…あ゙ー、クソ!したくなっちまったじゃねえかぁ!」

「あはは、スクアーロったら暴露しすぎー」


でも我慢だね、と悪戯っぽく笑ってから、ぎゅっと抱きついてやった。

「Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore.あなたはいつも私の想いの中に、心の中にいるわ

だから早く帰ってきて、と呟けば早急に頬にキスを落としたスクアーロが走って談話室を後にした。





スクアーロとキスしたかっただけ
20110728 杏里





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