「ほらベル、ちゃんと前向かなきゃガタガタになっちゃうよ」

手に持った銀色のハサミを片手に私は言った。首元に布を巻いて、切った髪が入らないようにしているそれを弄りながらベルはこちらを見上げた。椅子に座っている彼は最近伸び始めた身長を一気に縮めさせている。

「これどうにかなんねぇの?すげーゴワゴワする」

「我慢しなって、ほら切るからこっち向いて」

巻かれた布が気になるのか口を尖らせて文句を垂れるベルをたしなめて、金色の前髪を一束優しく掴む。
談話室から出入りの出来るテラスで髪を切ることにした私たちをソファーに座って剣の手入れをしているスクアーロが恨めしそうに見つめていた。
シャリ、シャリとハサミが髪を梳いていく。パラパラと落ちていくそれを拾ってはまた落とすベルに「じっとして」と釘を刺せば「だってつまんねーんだもん」とまた口を尖らせた。
軽く梳かれた前髪だったけどやはり涼しげな目は隠れたまま。後ろ髪も梳いてやって手鏡を渡せば「ん、まあまあいいんじゃね?」と髪をいじりながら言われた。これは彼なりに気に入ったときの照れ隠しである。


「ゔお゙ぉい、終わったならさっさと出てけぇ」

「うししっ、ヤダね。お前が出てけよ、王子に命令すんなし」

「なんだとぉ!?」

「はいはいやめましょうねー」

テラスまで出て来たスクアーロをセルパイオで押さえつける。影に足を地面に固定された彼は「離せぇ!!こいつはいっぺん卸してやんねぇとわかんねぇんだぁ!!」と怒鳴りあげる。まったく、いい大人が一々切れないの。
そんなスクアーロの言葉にカチンときたらしいベルは巻かれた布を取って椅子から立ち上がった。そしてあのナイフを取り出す。いい加減にしなさいってもう。
「ベルもやめなって」と呆れたように呟けば小さく舌打ちされた。でもナイフを仕舞う所、ちゃんと言うことを聞いてくれるのでまだまだ可愛いもんだ。


「大体お前さっき出てったじゃねぇかぁ!!何で戻って来やがった!!」

そう、あのあとスクアーロに捕まった私を見捨てて逃亡したベルは何故か数分後再び現れた。勿論色々と気分が高揚していたスクアーロはせっかくの時間を邪魔をされた怒りでいっぱいだったのだ。
しかし「何だよ談話室でヤろうとしたカス鮫が悪いんだろ、ここお前の部屋じゃねーし」というごもっともな発言に掻き消されてしまったらしい。
しかもそれからずっとベルは談話室に居て、自室に帰ろうとする私たちの邪魔をしていたのだ。そして朝日が昇る頃、まだ薄暗く太陽の日が空を照らし始める時間帯。ベルの髪を切ることになったのである。

「うししっ、だって名前に任務終わったら髪切ってもらうって約束してたんだぜ?それが珍しく休みになったんじゃん、お前等の甘い時間より王子優先。当たり前だろ?」

「ふざけんなぁああ゙!!この屁理屈王子がぁ!!」

「もう何も言わないからね、私」

頭を抱える私に気付かず殺し合いを始めた二人を放っておいて、一人談話室に入る。眠気はまったくない。しかし疲れていないわけではない。そう言うところが分からないのだアイツ等は。
舌打ちを一つ談話室を後にすればテラスの方から怒号が上がってきた。勝手にしてなさい私は止めたんだから。


自室に戻ってみると、突然眠気に襲われた。馬鹿みたいに動き回るあの二人みたいに体力がある方ではない。いや幹部なのだから常人の体力ではないのだけど。
はあ、と溜息を付いてベッドに倒れ込めばセルパイオが私を包み始めた。視界は穏やかな黒に変わっていく。

その数秒前、寝室に見えた銀髪に影は動きを止めた。スクアーロだ。罰が悪そうな顔をして近付いてくる彼にセルパイオは攻撃的になることもなく静かに姿を消した。

「あらら、何しに来たの?向こうでベルと遊んでなよー」

少し皮肉っぽく呟けば「すまねぇ」と表情を歪めた。別に喧嘩がしたいわけじゃないから許してあげるけど。

「ほんと、変わらないよね」

クスクスと笑いながら言えば黙ってベッドに腰掛けてきた。そのまま私の肩に頭をもたげて深い溜息をつく。さらさらとした彼の髪が頬を擽る。
学生時代から何も変わらない、でも周囲からは丸くなったと言われるスクアーロ。今は私が怒ったのだと思って焦ったに違いない。生憎だが今まで彼に呆れたことはあっても怒ったことはないんだけどな。

「ヒヤヒヤしたぜぇ」

「何が?」

「言わせんのかぁ」

「うん」

「ったく、かなわねぇな、お前には」

小さく笑ったスクアーロは私の頬にキスを落とす。黙って受け入れた私もまた小さく笑った。


「さて残りの時間をどう過ごしますかな」

「久しぶりに外出るかぁ?」

「あら珍しく気が利くじゃん」

「珍しくは余計だぁ」

そう言って立ち上がったスクアーロは「着替えてくる、お前も早く支度しろぉ」と頭を撫でてきた。乙女の支度時間を甘く見るなよ。


「30分下さい」

「却下だ、20分」

「えー」


結局5分で終わらせた私、まさにヴァリアークォリティー。

「どこ行く?」

「どこでも行くぜ、決めろぉ」

二人でスクアーロの車に乗り込んだら近くをベルが通った。さっき急に任務が入ったらしい。スクアーロが「ざまぁねえぜぇ」と意地悪く笑った。ほんと性悪だな。

此方に気付いたベルに手を振ったら、振り替えしてくれたけどスクアーロには滅茶苦茶悪態付いてた。車の窓を開けて怒鳴り散らすスクアーロは本当に大人げないと思う。でもまあ、凄く楽しいから許そうと思う。


20110610 杏里





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