この話の続き



涼しげな灰色の瞳、整った顔、緩いウェーブのかかった黒髪。細く長い脚、笑うと持ち上がる形のよい唇。ちらり、灰色の瞳がこちらを向いた。

「何見てるんだい」

少し照れたように顔を顰めた彼女は、私が大広間から持ってきたパンを口に放り込んだ。そしてまた私を見つめ「あんまり見るんじゃないよ」と擽ったそうに口を尖らせた。

私とベラはお昼を中庭のベンチでとることにした。それはそれは天気が良く、「これは外でランチ、決まりだね」と珍しくベラが意気揚々に言うので私は大広間から適当に持ち寄ってきたのだ。
手元にあるかぼちゃパイを口に運びながら私は度々ベラを見つめた。彼女は言っても無駄だと感じ取ったようで大人しく食事を続けていた。


この時間に、寮の違いだとか血筋だとかは関係なかった。私たちはこのホグワーツの廊下で出会い、別々の寮に組分けられていながら友人であり続けた。喩えそれが敵対する寮同士であってもだ。



「変身術が上手くいかなくって…追加のレポートがこんなに…」

「一体どこをどうやったらそうなっちまうんだい?仕方ないねえ、他でもない名前の頼みだ。特別に聞いてやろうじゃない」

「まだ頼んでないのに…でもベラって本当に頭がいいのね、羨ましいわ」

大広間でレポートを仕上げる私たちを奇怪な目で見つめてくることはよくあることだ。私はネクタイを付けないけれどベラの首もとでは緑と銀色のネクタイが見えている。

同級生たちは一部を除き、もう諦めたように何も言わなくなったが上級生や下級生からはよく心配の言葉を戴く。
それは彼女が私の友人と同じく純血の王族と謳われる、ブラック家の者だからであった。代々闇の魔法使いを生み出した家系として純血主義の彼等はシリウスを除き、皆マグルを忌み嫌っている。

そして悲しいことに彼女は教授たちの目を掻い潜り、マグル出身をいたぶっていたのだ。あの綺麗な唇からマグル生まれを蔑み、罵り、嫌悪が吐き出されているのだと思うと私はいつもやるせない気持ちにみまわれる。


しかし現実というものは甘くほろ苦いもので、ホグワーツでベラを悪魔だと陰口を叩くものは少なくない。だからこそ、その隣に敵対する寮の、マグル出身の私が居ることが周りには理解できないのだ。
それほどまでに寮の間の溝は深く、私達の間にある周囲の目は疑問を抱いていた。


けれど私達はそれすら目に入らない程にお互いを信頼していた。ベラは決して私を裏切らなかったし、私も彼女を裏切ることはなかった。私たちの間には奇妙な繋がりがあったのだ。矛盾だらけの継ぎ接ぎで、だけどそれは私たちにぴったりだった。

ただ思うのは、私は違う意味で彼女を裏切ってしまったのかもしれないということだった。


「名前、俺、お前が好きだよ」

シリウスがベラに似ていたからなのか、それともベラがシリウスに似ていたからなのかは未だに分からない。
ただ単純に彼に惹かれたのだ。恋い焦がれてしまった。なぜそれがベラではなくシリウスだったのかも、分からない。
ただシリウスとキスをする度にベラの声が響くのだ。


「名前、あんただけだよ、あんただけが、」

ベラがマグル生まれの生徒に杖を向けているのを見たとき、彼女は顔をさっと青くさせた。それはもう火を見るより明らかで、ベラは持っていた杖を落としたのだ。
周りにいた彼女の友人たちは不思議顔だった。そして私を見つけ、状況を理解した。

ベラは素早く杖を拾うと周りの友人たちに目もくれず、私の手を取り、足早にその場を後にした。そして使われていない空き部屋へ飛び込むと彼女は堰を切ったように泣き出したのだ。いや、それは懇願に近かった。

ベラは涙ぐみながら私を見つめ、「嫌いにならないでおくれ、あたしは、あたしは、」と紡いだ。


けれどその続きは彼女の唇から漏れはしなかった。ゆっくりと噛みしめた後、ベラは私を抱きしめた。ふわり、彼女のつけている香水が鼻腔をくすぐり痺れにも似た感覚を味わった。

「あんたと一緒に居たいよ」


少し音のはずれた音程のように、違和感を感じたのはきっと。








すべてが終わり、幕を閉じた。私たちがお互いを思いやり過ごした城は、私たちの死闘の舞台となった。そしてベラは、モリーとの戦いにより命を落とした。

「ねえベラ、」

私は彼女の隣に膝をついた。ベラの長く巻かれた髪が彼女の顔にかかっていたので払い、固く握られていた杖をゆっくりと抜き取って両手を胸の上に組ませた。
ベラの表情は穏やかだった。彼女が亡くなる寸前、私は見ていた。モリーと対峙する中、ベラは此方に目線をやり、昔のように微笑んだのだ。
刹那、私は理解してしまった。彼女の杖が、あの時のように緩められたことを。マグル生まれの子に杖を向けていた彼女を見つけたときと同じように、ベラは杖を下げた。そして、そのまま。


そのまま。

「馬鹿ね、本当に、本当に馬鹿よ」

私の友人は、こんなに私が見つめているのに瞼を開けることはなかった。照れたように小言を言うはずの唇は乾いて切れていた。

「死んでしまったら、また、お喋りできないじゃない」

ぽたぽたと滴った雫が彼女の頬に落ちた。嗚咽は私の気管を圧迫させた。だけど私には言わなければならないことがあったのだ。

「ベラ、私息子が生まれたの。シリウスの忘れ形見よ」

もう三歳になりそうだけどね、と付け加えればベラの髪が風に靡いて揺れた。それが彼女が相槌を打っているように見えて私は小さく笑みを零した。

「名前はね、アルデバラン、アルっていうの」

星の名前だ。彼女やシリウスと同じ星の名前。シリウスは「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」という意味がある。ベラトリックスは、「女戦士」という意味がある。そして、アルは。

「後に続くもの、っていう意味があるのよ」




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さりこさん、リクエストありがとうございました!我が家のベラを気に入っていただけているようで何よりです。ええ勿論覚えていますとも!今回はちょっぴりシリアスになってしまいましたが、彼女たちは最後の最後に和解が出来たので形としては歪ですがよかったんだと思います。
さりこさんに喜んでいただけると嬉しいです。それでは。


20110328 杏里





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