曾祖父ちゃんの時代へ双子の弟であるカノンと共に駆けつけ、軍が密かに進めていた計画『オペレーション・サンダーブレイク』の阻止に成功して早数ヶ月。
敵対していたはずのバダップ・スリードは私たちの家をよく訪れるようになった。



事の発端は過去から未来へ帰って数日後のこと。彼が夕暮れ時に訪ねてきたのはまだ記憶に新しい。最初は警戒していたカノンと私だったけれど、透き通った朱色の瞳を此方へ向け頭を下げたバダップ君は曾祖父ちゃんのノートを見せてほしいとだけ言った。

彼は過去で守祖父ちゃんの教えに感銘を受け、そしてその曾祖父ちゃんが大切にしていたノートから自分のあり方についてもっと考えたいと思ったらしい。そのためにわざわざ足を運んでくれたのだという。
王牙学園のミッションを阻止してからと言うものの完全に軍から目を付けられてしまった私たちだったけれど、私生活に支障が出たことはない。カノンが「絶対バダップが何か言ったんだ…名前は俺が守るのに…」とぶつくさ言っていたので、もしかしたらバダップ君が何か働きかけてくれていたのかもしれない。



カノンが何かと彼を嫌がっているのは火を見るより明らかだった。私たちの曾祖父ちゃんを狙っていた相手だ、簡単には警戒心を解けないのが普通だ。けれど私たちは曾祖父ちゃんの曾孫である。ああいう熱意には滅法弱いのだ。
事実彼はとても聡明で真っ直ぐな人に違いなかった。それに曾祖父ちゃんの言葉を胸に一生懸命に生きようとしている。以前のように命令に従順な彼ではないのだ。「軍人としては失格だがな」と苦笑を零したバダップ君を素敵だと思わずには居られないのが円堂家の血筋だ。
軍人であれ庶民であれ、階級は違えど皆同じ人間だ。彼はそれに気付けたのだから。




「名前、俺絶対あんなやつ許さないんだからな!」

「はいはい、分かりました。ていうか姉さんつけなさい」

「何でだよ、俺たち双子だろ!いいじゃんかー」

「関係ありません」

「えー」

許すも何も彼には選ぶ権利がある。私が一方的に好意を抱いているだけだ。洗濯物を畳みながらそう返せばカノンは不服そうに「姉さんは分かってないよ」と口を尖らせた。
何がわかってないのよ、と畳む手を止めて伺えば「自分で分かるまで言わないからな!じゃないと俺悔しいじゃんか!」とぷりぷり怒りを滲ませていた。

私たちは双子だというのに何故かカノンは曾祖父ちゃん似で、私は曾お祖母ちゃん似に育ってしまった。
私の髪はまさしく曾お祖母ちゃんの髪色で、しなやかな深緑。私の好きな色だ。バダップ君が「確かに外見は円堂守には似ていないな」と言っていたので間違いないだろう。「カノンはそのままだがな」これには笑うしかなかった。



そんなある日、お友達のエスカバ君とミストレ君を連れてバダップ君がやって来た。
二人がついてきたのは初めてである。てっきり彼等も上がっていくのかと思いきや「いや、俺たちはここまでだ」とエスカバ君。「また別の機会にお邪魔させてもらうから」とミストレ君。どうやらバダップ君だけがお邪魔するようだった。
二人は去り際にニヤニヤしながらバダップ君の肩を叩き、足早に去っていった。不思議そうにそれを見つめているとバダップ君が咳払いを一つ。首を傾げるも遂に理由は聞き出せなかった。

「バダップ君に会うのは久しぶりだよね」

「あぁ、久しぶりだな」

カノンはバダップ君がやってきたのを見つけるや否や不機嫌丸出しで悪態をつくので隣の部屋に押しやった。「何で姉ちゃん!」と絶望したような声を出したので「お客さんにお茶」と申しつけておいた。渋々聞き入れたカノンは飛んでキッチンに走っていった。

「今日はどうしたの?」

つい最近、曾祖父ちゃんのノートを読み終わったため訪ねてくることがなくなっていた彼に話しかけると、バダップ君は私を見つめた後に淡々と述べた。

「ここに来るのには何か理由が必要だっただろうか」

「えっ?いや、そういう訳じゃないよ。ただ何となく…」

「そうか、良かった」

バダップ君は安堵したように息を吐いた。ああもう私ったら、バダップ君に余計な気遣いをさせてしまった。折角久しぶりに遊びに来てくれたのにこれだから。自分が情けない。

一人しょんぼりしながらバダップ君の手土産を有り難く頂戴して、早速戴くことになった。あ、これって高級チョコレート店のケーキ…?前回は有名な生クリームプリンだったよね。バダップ君のお財布の中はどうなってるのかな。そんなことを考えながら彼の前にも持参してもらったケーキを置く。
こうやってお話しながらお菓子を食べるのが定番化しているのだ。ふとバダップ君を見れば、彼は何かを考え込んでいるように上の空だった。顔の前で手を振ってもまったく反応がない。何があったのだろう、心配になったので「どうしたのバダップ君」と尋ねた。すると、彼は何事もなかったように呟いた。

「いや、訪ねる理由などなくとも名前に会いに行きたいと思うのはおかしいだろうか…」

「えっ?」

私が驚いた顔をすると、バダップ君は何度か瞬きをして自分が何を口走ったのかを理解すると、白い手袋をはめているその手で口を塞いだ。しかし言葉はとうの昔に漏れ出していた。手遅れだった。

「い、今のは、忘れてくれ」

みるみる真っ赤になったバダップ君はそう言って目線を外した。しかし、私も反射的になっていたらしい。

「私も」

「…?」

「…私もそんな関係になりたい」

目線を合わせることができなかった。お互いに沈黙を続けていると、現状を打破しようとバダップ君が顔を上げた。つられて、私も顔を向けたのだが。

「お待たせしましたー!お茶でーす!」

何時までお茶を酌んでいたのか遅すぎるカノンが笑顔満開で部屋へ入ってきたので事態は進展することなく顔を下に向けることで終わりを告げた。「どうしたの名前?」と白々しくカノンが尋ねてきたので何時もなら小言を加えるのに「な、何でもない!」と返すので精一杯だった。

「ならいいんだけど。あ、俺今からキラード博士の所に行かなきゃいけないんだ。帰るのは夕方くらいになると思うから、姉ちゃん、くれぐれも気をつけてね!」

バダップをまったく見ずに念を押して家を飛び出していったカノンを見送ると、私たちはまた二人だけになってしまった。だけどバダップ君は先程と違い此方を向いていた。

「名前」

「うん、?」

「さっきのは、本当か?」

彼の目が私を見ている。それだけで動悸がする。落ち着け自分、ゆっくりでいいから今なら言える。

「本当だよ、私、バダップ君が好きだもん」

バダップ君は数秒そっぽを向いていた。そして大きく息を吸い、吐いてから此方を向いた。

「俺も、名前が好きだ」







すっかり夕方になってしまい、お互いに隣に座ってお話が出来るようになった頃バダップ君はチラリと腕時計を見た。彼が時間を確認したということは、そろそろ帰ると言うことなのだが。
そんな彼の軍服の袖口をくいくいと引っ張った。バダップ君は一度袖口を見やってから、私を見つめた。

「どうした?」

「えっと…」

口籠もる私に首を傾げたバダップ君に、恥を承知で言わせてもらうことにした。何だか今日の私は積極的過ぎる。

「帰ってほしくないなぁ、…なんて」

「…」

「えへへ」

「…」

「バダップ君?」

「…」

「え、ちょ、バダップ君!?だ、誰かバダップ君が…!バダップ君が鼻血を…!」


鼻を押さえつつ溢れ出す血を止めようともしないバダップ君は意識も朦朧としているようでぐったりしている。そんな彼を支えているとドタバタと音がしてエスガバ君とミストレ君が家に入ってきた。ミストレ君が顔に似合わずバダップ君を担いで行った。最後にエスガバ君が綺麗に鼻血を拭き取って「バダップならまた来るから」と残して。


どうやら彼は、とても聡明で真っ直ぐであり、恥ずかしがり屋のようだった。




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チーさん、ありがとうございました!カノン双子姉のバダップと甘いと言うことだったので自分なりに頑張ってみたんですけどなんだこの偽バダップ^^^^
ちょっとウブなバダップ君にしてみた自分…何してくれてんのホント…
改めて今回はリクエストありがとうございました!今後とも宜しくお願いします。


20110329 杏里





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