鏡台の前でボサボサに成り果てた自分の髪を眺めて溜息をついた。
ストレスを感じると素直に真っ直ぐになってくれないこの髪は一体全体、どっちの遺伝子なんだろう。


その答えを私が知るすべもなく。


大人たちが皆口を揃えて誤魔化すのには慣れっこだった。アイリスはともかく、両親の母校でもあるこのホグワーツの教員達が二人を知らないはずはないのに。


「どうしたの?」


隣で髪を梳いているリリーが不思議そうに見つめて来る。「えぇと、」と呟けば彼女は自分の手を止めて私を覗き込んだ。彼女の上品な深緑色の瞳が心配そうに陰り、長い睫毛が顔に影を落とす。それを見つめると、いつも胸の奥が切なく萎んでしまうのだ。



リリーに一抹の話をすれば、みるみるうちに眉間に皺を寄せていく。どうやら夜間徘徊とアイリスとの秘密に無遠慮に干渉して来たポッター達にご立腹のようだ。
打って変わって、既に準備を整えたセラが背後で鼻歌を交じりに私の髪に櫛を通し、魔法のかかった香水で優しく髪を撫でてくれる。少しくすぐったくて目を細めればセラは嬉しそうに笑った。




リリーとセラはアイリスの同意の上で事情を知っている数少ない友人だ。
一年生の時、夜間にこっそり寮を抜け出す私を彼女たちはずっと談話室で待ち続けてくれていた。そして秘密を知った時、私達は親友と呼べる間柄になった。
だからこそポッター達に見られてしまったことを怪訝してくれているのだ。


「朝食にカップケーキ出るかな?」


いつの間にか身支度をしてくれたセラは楽しげにローブに杖を仕舞い、私とリリーの手を引く。大広間が私へのゴシップで埋め尽くされていないことを祈りながら女子寮を後にした。
















私の心配も虚しく、大広間は去年と変わらず賑わっていた。スコーンをかじり紅茶に口を付けると不意に日本で食べていた味噌汁の味を思い出した。


「味噌汁、しばらく飲んでないなあ」


と呟けばカップケーキを食べていたセラが「ミソ?脳味噌?」と不思議そうに声を上げた。苦笑した私を見てリリーが近くにあったブルーベリージャムをトーストに塗りながら「スープみたいなものよ」と答えた。



「やあリリー!今日も麗しいね!」



嵐は突如やってくると言ったのは、一体誰だったか。うわぁ、と内心呟いたのは言うまでもない。リリーの表情が急に険しくなり、ポッターの存在を完全に無視しながらドライフルーツを口に放り込んでいる。


彼、ジェームズ・ポッターは悪戯仕掛け人であると同時にリリーに猛アタックを続ける変人でもあった。こっぴどく振られても、めげずに告白を続けて逆に煙たがられているのだ。気を引こうと躍起になっているポッターを尻目にリリーは日刊予言者新聞を読み始めた。いつもならセラか私に話しかけることでポッターの存在をうやむやにするのだが、彼に私と関わる隙を与えないようにしてくれているようだった。


その行為に感謝して、なるべく目立たないようセラに味噌汁の説明を始めることにした。カップケーキを食べていたセラはお腹がいっぱいになったのか、かぼちゃジュースを飲みながら話を聞いている。
「どんな味がするの?」と聞かれ「家庭で味が違うんだよ」と答えれば目をキラキラさせて「いいなぁー」と魔法で青空が広がる天井を見上げた。
しかし、私の"秘密"を彷彿とさせてしまったと思ったのだろう。「ごめんなさい」と口籠もった。



ふと、懐かしい面々が頭の中で浮かび上がる。11年間も共に居たのだ、すぐに思い出せなくなるには早すぎる。
あの頃みたいに全てを受け止めきれないほど幼くないのだから、安否の手紙くらい書かなければならないのかもしれない。

感情任せに外国へ旅立った、"親"不幸な私を"両親"はどう思っているのかは知らないけれど。


「今度、気が向いたら作ってあげる」


彼女の碧眼が驚いたように此方を見て、それから嬉しそうに細まった。









殆どの生徒が朝食を迎える頃、未だにポッターはリリーの傍で愛を囁いている。彼女の方が最優先なのだろう、まったく干渉して来ない。内心ガッツポーズを取りながら、ウンザリした様子のリリーをアセロラゼリーを申し訳なさ半分につつきながら眺めていた。



「あー、そこのチキン取ってくれないか」



誰かが私の真正面に腰掛けながら言った。「あ、うん」と反射的にチキンが盛りつけてある大皿に手を伸ばす。ずっしりとしたそれを手渡す時、初めてその顔を見た。


「ん、サンキュ」


軽く微笑んで大皿ごと受け取った彼はチキンを一掴みして、齧り付く。思わず凝視していると、夜みたいに真っ黒な黒髪に整った顔から覗いた薄灰色の瞳と目が合った。慌てて逸らせば、何故か笑われた。



「ゼリー、いいのか?」

「え、あ!」



小皿に突っ込んでいたスプーンが、掬ったゼリーと一緒にテーブルへ零れ落ちていたのだ。慌ててスプーンを拾い、スコーンを乗せていた取り皿の上に避ければテーブルに零れたゼリーは既に消え去っていた。




「苗字って案外ドジなんだな」



笑いを噛み殺しながらさり気なく酷いこと言ったことに気付いたのか悪戯仕掛け人の一人、シリウス・ブラックは慌てて「あ、いや、悪い意味じゃなくて、」と付け加えた。
すると、空気を変えるかのようにこれまた悪戯仕掛け人のリーマス・ルーピンがやって来た。眠そうだが、いつも見る屈託の無い笑みは健在だった。



「やあ、おはようシリウス」

「リーマス起きたのか」

「おはよう、苗字」

「お、おはよう、」



何故か私にまで挨拶をして腰掛けた彼は「今日の糖蜜パイはどこかな?」と呟いた。それに「朝から糖蜜パイにがっつくのかよ」と答えたブラックは若干引き気味だった。
周囲はというと悪戯仕掛け人の揃い踏みにざわめき、視線を傾けているようで大広間の賑やかさが増した。と同時に隣の席に居たリリーが何故か金切り声をあげて立ち上がる。そして、キッとポッターを睨みつけた。


「もう無理!アナタと居ると頭が"残念"になってしまうわ!」

「そんな、リリー!」


ポッターは引き止めようとしたが見事膝蹴りを食らった。おかげでツカツカと大広間から出て行っていったリリーを追いかける羽目になってしまった。
近くに置いていた皮の鞄をひっ提げて彼女を追うべくテーブルとテーブルの間を足早に去れば、セラを忘れていたことに気付く。


「セラ?」


セラは何故か悪戯仕掛け人達の前で立ち止まっていてぴくりとも動かなかった。でも数秒後「何でもないよ」と呟いた彼女と再びリリーを追った。






20101107 杏里








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