(10/2)豪風



※アレスの世界線/強化委員




駄菓子屋の右手へ歩みを進めると、銀杏並木に囲まれた『木戸川清秀中学校』と書かれた学園に到着した。
本来関係者以外立ち入り禁止の区域だけれど、本日は色鮮やかな風船と大小さまざまな立て看板に出迎えられ、生徒と入場客で賑わっている。
小さな手を握り締めながら、事前に渡されていた入場チケットを近くの生徒に手渡して中へ踏み入れると、正面玄関で案内板を首にぶら下げた燕尾服の男と目が合った。
「お兄ちゃんっ!」
突然左手が軽くなったと思ったら、小さな背丈が前を駆けていく。それを両手で抱き抱え、笑顔を向けた男が待ち合わせの人物ーー豪炎寺だった。
「風丸、よく来たな。迷わなかったか?」
「夕香ちゃんに案内して貰えたから大丈夫だよ。それより、何だ? その格好…」
挨拶の抱擁を交わしている兄妹はそのままに、彼のおかしな出で立ちを指摘した。
「あぁ、俺のクラスは執事喫茶をやってるんだ。その衣装だ」
「違う違う。俺が言いたいのはそれだよ」
執事の様になっている身なりに、何故か案内看板がぶら下がっている違和感を指し示す。
この環境に既に慣れてしまっている豪炎寺は、不思議そうに事実を口にした。
「まぁ、俺は宣伝係だからな」
いやいやそうなんだろうけど…まぁいいか。雷門に居た時とは考えられない程、クラスの模擬店に積極的な所だとか、見た目の破壊力だとか、おかしな点が多々あるが、それに気付かない豪炎寺も面白い。
俺のクラスはこっちだ、と案内されるがまま着いていく。今日の木戸川文化祭は天候に恵まれ、良い秋晴れの日の開催となった。

* * *

豪炎寺の教室に到着すると、入口に整理券配布終了とポスターが貼られた異様な光景が待っていた。
入場待ちの長蛇があるにも関わらず、俺達は関係者の通用口から入れさせて貰い、待ってる人達に申し訳なくなる。
「なぁ…こんなに人待ってるのに、俺達は並ばなくて良いのか?」
「あぁ。風丸達は俺の特別だと事前に言ってあるし、専用の席も確保してある」
強化委員の特権乱用じゃないか、と肘で突いたが、使わないと損だろとにべもない。豪炎寺が案内した席は、2人席の窓際というベストポジションだった。
こんな良い席をわざわざ俺達のためになんか、と頭を抱えたが、目の前の彼の最愛の妹ーー夕香ちゃんが居ることだし、家族に甘い豪炎寺はいつものことなので、ついでにそれも自分も含まれてもいいかと考えを改める。
今日のお兄ちゃんいつもよりかっこいいね!とはしゃぐ彼女を宥めながら、待つこと10分。片手にトレイを抱えた豪炎寺が再び現れた。
「夕香お嬢様、一郎太お坊っちゃま。こちらが本日のデザートです」
先程のおかしな案内看板は外し、執事の燕尾服を綺麗に直してきた豪炎寺が一礼する。目の前に紅茶と真っ白なケーキを持ってきて、フォークも合わせて綺麗に並べる所作がとても似合っているから、思わず息を飲んだ。
「ぜひ、召し上がれ」
そして、極め付けの微笑だ。
これに周囲の席の女子が叫ばずには居られないと黄色い声援を上げ、一瞬で辺りが女子生徒の地獄絵図となった。ーー豪炎寺の人気、恐るべし。
豪炎寺が歩けば声援が上がる感覚に懐かしさを覚えながら、兄に群がる女子生徒など気にも留めず、出てきたケーキに夢中になる妹を眺めて、何ともマイペースなと笑みを覚える。
その中で、溢れ返った女子達に埋もれそうになっていた豪炎寺を裏方から引っ張り出す男子の姿が見えた。
「豪炎寺っお前バカ! お前が出るとこうなるから今日は裏方だって言ってただろうが!」
「いや、だが夕香と風丸に…」
「お前がシスコンなのは知ってるけど、どーすんだよこの騒ぎ!」
「あっ、風丸くんだよね。ごめんこんな騒ぎに…このバカ豪炎寺のせいで。ちょっと借りるけどあとで返すから、許してね!」
ばたばたと数人がかりで裏方に連行される豪炎寺を目で見送り、声を掛けてくれた見知らぬ男子に了解の意図で手を上げると、拝んだ後豪炎寺を足蹴にしていた。何とも乱暴な扱いに、このクラスにおける豪炎寺の位置付けが見えて、おかしくなって笑い声を上げる。
意図が分からず不思議そうに首を傾げる夕香ちゃんに、何でもないよとかぶりを振って、スペシャルサービスのケーキを頬張るととても優しい味が口の中に広がった。これは女子に人気が出る訳だ、と愛情がいっぱい注がれた一品に、色んな意味で納得した。

* * *

「いやー楽しかったよ。何というか、新鮮で」
歩き回って眠そうな夕香ちゃんを背に抱え、出入口の昇降口まで見送られると、意識していないのか不思議そうなきょとん顔がこちらを向いた。
「何だろ…雷門と古巣の木戸川じゃ、キャラが違うというか…こっちの方が勝手知ったるというか、普段じゃ見れない豪炎寺が見れて楽しかったよ」
2年を通して豪炎寺とともに学校生活を過ごしても、まだまだ知らない一面があることが驚いたと素直に口にすると、腕組みのポーズをしていた豪炎寺に手招きされ、近付くと至近距離で唇に柔らかい感触を落とされた。
離れていく顔が妙にすっきりしていて、弁えない行動に一発お見舞いしてやりたいところだが、生憎両手が塞がっているから、代わりに脛を蹴ってやる。
「…陰湿だぞ」
「自分の行動をまず反省しろよな」
背中の夕香ちゃんに気遣い小声で会話を終えて、顔を合わせたら何だか笑えてきてしまった。
次は帝国の文化祭に行きたいと甘える豪炎寺に、実は入場チケットを取り置いているのだが、勿体ぶってまだ渡していない。あとで小さなお姫様に託そうかと企んで、不敵に笑った。


prev next

 

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -