(10/2)豪風



ここ最近、我ら雷門サッカー部では駄菓子屋のラクトアイスにハマっている。
事の発端はコンビニアイスの最安値、あのソーダ味アイスよりも野球をモチーフにした駄菓子屋アイスの方が当たる可能性が高い、というネット情報を真に受けた栗松と少林が近所の駄菓子屋に検証に行ったことからだった。

「本当だったでやんすよ!もう先週から通ってて、毎日当たってるでやんす!」
「へぇー。それは凄いな!」
「毎日はちょっと大袈裟ですけど、それでもソーダ味のアイスよりも当選確率は高い事は確かですよ!」

放課後。部活を始めるべく部室でユニフォームに着替えながら、一年組は興奮を隠しきれない様子で円堂に報告していた。
即時交換ではないけれど塁打と書かれたが棒が結構当たる。また検証しに行こうと盛り上がり、毎日行けばアイス食べ放題と喜ぶ無邪気な後輩達を伏し目に、会話には混ざらないものの確かにアレは美味いと同調する半田もこの間、部活帰りに買い食いしている所を見た。
高騰が続くコンビニアイスに比べ、昔と変わらないお手頃価格の駄菓子屋アイスは金欠に侘しい学生の頼りになる味方だ。汗だくで迎える夜の帰り道に、少し遠回りすれば出会える小さな誘惑にはなかなか抗えない気持ちが分かる。
必死の1年組のプレゼンに根負けどころか初手から釣られていた円堂はキーバーグローブをズボンのポケットに入れ、出入口に向かいがてらこちらの方へ向かってきた。

「風丸ー、帰りさー」

言わんとするところを先読みし、二つ返事で了承する。

「良いぜ。帰り寄るか」
「よっしゃー!豪炎寺と鬼道も誘っとくな」
「おう」

家が近所な円堂と一緒に下校する約束はしていないが、進行方向が同じで顔を合わせれば積もる話もあるため、サッカー部に入部した時から何となくそうなっていた。そのため用事や寄り道をする時は、事前に口裏を合わせておく事が多い。
駄菓子屋アイスか。話を聞きながら想像すると、数年口にしていない懐かしい味の記憶が込み上げる。帰りの楽しみが増え、その日の練習がより一層捗りそうだった。


***


「悪い、遅くなった!」

部室の鍵締めを分担して終わらせたものの、鍵を返却しに職員室に行った所で担任に捕まり
足止めを食らった結果、約束の場所に到着すると既に二人が待っていた。

「あれ、鬼道は?」

ただ約束をしていたもう一人が見当たらない。側に居た円堂に声を掛けると、今日音無と食事会やるんだとさと眉を八の字に下げて、がっくりとうな垂れた。
唯一の兄妹である二人は再会してから定期的に食事会と称した親睦会を開いているらしい。お互い別の家で離れて暮らし、同じ部活をしていてもゆっくり話す機会になかなか恵まれないため、その親睦会は鬼道にとって何よりも優先度の高いプライベートなのだそうだ。
鬼道と同じチームになって日も浅いため、仲良くなるいい機会だと考えて居たのだが、それならしょうがないな、と豪炎寺の隣に並ぶ。

「よし、行くか」

待たせたな、と隣の男を見ると首を横に振り、歩き出す。それに続いて歩みを進めると、背後から焦った円堂が追い掛けてきた。



かくして、裏門の近所にある駄菓子屋に到着。
既に一年達が買い散らした跡のある冷凍ケースの中から目当ての商品を購入して、帰路でそれを開封した。アルミの包装紙を剥がすと、程よく冷えたチョコレートの甘味が口いっぱいに広がる。

「あ〜〜生き返る〜」
「久々に食べたけど、値段変わらずこの美味しさはずるいよな」
「初めて食べた。美味いな」

各々感想を口にしていると、最後に呟かれた豪炎寺の問題発言に驚きの表情と共に円堂が食いつく。

「えっ、今まで食べた事なかったのか!?」
「コンビニには売ってないし。木戸川清秀の近くにも駄菓子屋はあったけど、校則で買い食い禁止だったしな」
「一応、雷門にも買い食い禁止の校則はあるぞ。皆守ってないだけで」

まぁ、この自己主張の強い奴らが集まったマンモス校で校則を守れと言う方が難しいのだけれど。風紀委員も兼任している雷門に見つかったら後で煩いだろうが。と思考が身近な人物に横滑りする。
このアイスは当たり棒というのがあって、シンプルに当たりと書かれたものは同じものと交換、それ以外の塁打は4点まで集めると何か違うものと交換出来るんだ。自信ありげに円堂が解説する仕組みに要所要所補足をしていく。所謂野球のホームランに必要な本数を集めれば、実質当たりな訳だ。まぁ、それだから当たりの種類の少ないソーダ味のアイスに比べると、何か書かれた棒に当たる確率が高くなって、イコール当たりを引く可能性が高くなることも頷ける話だよな。口にしながらその仮説に納得し、豪炎寺も興味深く話を聞いていた。それでいて美味いのか。今度夕香と一緒に来てみよう。
昔ながらのバニラアイスにチョコレートをコーティングしたシンプルな棒アイスだが、親しみのあるベーシックな商品は豪炎寺にも気に入って貰えたようだ。円堂とアイコンタクトをする。
そんなやり取りも束の間、コンパクトサイズのそれはあっという間にささやかな涼に変化し、名無しの木の棒へと変化した。

「って言ってもそう簡単には当たらないんだよなー…」
「俺も外れた。今度また来るだろうし、その時に栗松に当たる秘訣でも聞いてみようか」

円堂、俺と二人続けて外れで、自然とじっくり堪能している豪炎寺に注目が集まる。興味本位の視線に、こっちを見るなと邪険に扱っていたが程なくして、当たったと呟いた。

「えっ、すげー!何点?それとも交換のやつ!?いーなー」
「交換って書いてあるな」
「いーなー!それなら早速交換してこいよ!」

三人に一本当たるなら確かに栗松の言っていた通り、昔よりも当選確率が高くなっているのかもしれない。冷静に分析していると、泳いだ目線の豪炎寺とぶつかった。どうしたんだ、と声を掛ける間も無く、その続きは力強い腕を掴む実力行使で塞がれた。

「風丸、着いてきてくれ」
「え?」
「どう交換したらいいかわからない」

どうもこうもレジのおばちゃんに棒を渡すだけだけど、と言いかけて先ほど当たる仕組みを理解したばかりの豪炎寺に、その後のやり取りなどわかる訳がない事を理解した。腕の力の強さは気になるが、素直に了承し豪炎寺と共に踵を返す。

「じゃ、円堂。またな」

豪炎寺の声掛けに着いてくるつもりだった様子の円堂の足が止まる。明らかな線引きに違和感が隠しきれない表情だったが、やがて豪炎寺の行動に何かを感じ取ったのか、素直にそれに応じた。


***


半ば強制的に腕を引かれ、来た道を引き返す豪炎寺に着いていく。普段から口数の多い男ではないけれど、二人きりになってから一言も交わしていなかった。ただ力強い腕の主張に、そろそろ我慢も止めて制止の声を掛ける。

「豪炎寺、そんなに引っ張らなくても逃げたりしないぞ」

そう口にすると力強さが解けたが、掴んだまま手は離れようとしない。そして無言で、前を歩いていく。
豪炎寺とチームメイトになってから、この男はサッカーから離れると極端に口数が減ると知った。ただその実情は、考えがあってもまとまらず言葉にならないだけだと分かっているから普段はあまり追求しないけれど、今回は円堂の件がある上に無言の圧に居た堪れず、言葉を重ねていく。

「いい加減離せよ。俺のこと信用してないのかよ」
「………」
「何か話せよ」

ずんずんと先へ進む男に呆れ半分、返事のない意固地な姿に怒りが湧いてくる。もう何なんだよこいつは。小さな溜息を吐くと、目の前の男は駄菓子屋に向かうなら左に曲がらないといけない道を逆方向へ進んでいて、我慢ならずにとうとう吠えた。

「おい、駄菓子屋あっちだぞ」
「…ない」
「は?」
「当たってないから必要ない」

当たってないから必要ない。やっと豪炎寺の口にした言葉を復唱し、やがて意味を理解した脳がフリーズする。

「は?えっ、当たって…ない?じゃあ何で」
「何でもこうも…お前、忘れたのか?」

あからさまな呆れを含む深い溜息。先へ先へ真っ直ぐ進んでいた足を止め、住宅街の人影のない道へ連行される。いきなり何なんだよ、と反論する余地もなく、怒ってるのこっちだぞとも言わせて貰えず、こめかみに指を当てながら振り向いた豪炎寺の表情は、まるで。
一瞬捕らえた表情は隙を突いて視界からぼやけて消えた。それよりも、意識は唇に触れるやわらかな感触へ。目の前の男のそれが、近づいて離れたと理解するまで、時間がかかった。近づいて離れた。そうしてやっと目の前ではっきりと視界に入ってきた男の表情が、先ほど捕らえたものより赤いけれど、しっかりと眉根に刻まれた線が色濃く残っている。怒り、そしてそれよりも複雑な顔だ。

「俺が好きだって言ったの、忘れたのか」

そして追い討ちだ。先週部室で話しただろ。無言を貫いていた男とは思えない、饒舌な喋りがやってきてフリーズしたままの脳がついていけない。

「それなのに円堂と…どうかしている」

お前達が仲が良いのは分かっているけど、と続けるその言葉の真の意味。己の中にあった苛立ちがその瞬間霧散し、その代わりの穴を埋めるように生まれた感情の名前を、豪炎寺のせいで理解してしまう。

やがて、言葉に出来たものは生まれた感情とは異なるただの返事で。腑に落ちない表情を作っていた豪炎寺は負けじと掴んだままだった腕を止め、指を絡めてきた。言外のアプローチに、いい加減分かったよと根を上げたいがそんなストレートな恥ずかしい言葉を素直に言葉に出来る訳もなくて。熱い視線にせめてもの抵抗と、甘い嫉妬を宥めるように、その指に応えるだけで精一杯だった。

あまくて小さなラクトアイス、豪炎寺の初めて食べた味は器が小さく、シンプルで変わらないけれど、愛に溢れているこの男を形容しているかのような食べ物だった。


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