(10/2)豪風



突然だが、豪炎寺の料理はどれも絶品である。
別にこの間お邪魔した円堂家で振る舞って貰った雷門の味がとんでもなく不味かったから、そう思ったわけではない。断じて。
まるで高級フレンチで出てきそうな赤身の綺麗な牛ヒレステーキと色鮮やかなソースが芸術のように描かれた大皿を渡され、盛り付けにもこだわって作られたそれに、感嘆の声が漏れた。感嘆ついでにサッカー辞めても料理人として生きていけるんじゃないか?と冗談を口にすると、お手製ドレッシングで何やら絵を描いていた豪炎寺は鼻で笑った。
「こっちも頼む」
次から次にキッチンから手渡される料理は大人二人分にしては量が多いが、素直に笑うことの少ないこの男が楽しそうに作ってるのだから、残すわけにはいかないと準備しておいた体調と匂いで空腹を覚えてきた胃の調子に口元が緩む。
「おう」
手渡されたサラダには前に感心した星型のゆで卵が乗っていた。何気ない会話まで覚えていたことに、頬までゆるゆると綻びっぱなしだ。
「風丸、こっちも」
ダイニングに着くや否やお呼びの声。得意のスピードでキッチンまでUターンして。その二往復後に、ようやく待ちに待ったスペシャルディナーが始まった。

「いただきます!」
「ああ。召し上がれ」

普段よりもグレードを上げたと得意げな豪炎寺は、ゆっくりと食前酒を嗜みながらこちらに催促の視線を送る。たまに料理担当を交代する時に味わう振舞う側の緊張感をひしひしと感じながら、お待ちかねの一口目を頬張る。
口内でふわりとやさしく溶けるこれは、本当に肉なのか。疑いたくもなる旨さに、とろける。緊張感などとうに解放され、穏やかな眼差しを向ける豪炎寺も満更ではなさそうだった。

「あ〜〜〜〜…」

ーー幸せの味がする。
行儀悪くもぱたりとテーブルに懐いてしまいたい。そう、心から思うくらいにこの味に浸っていたい。それは単に豪炎寺が料理上手なだけではない。いつもの食卓、ふたり分の贅沢なディナー。目の前に豪炎寺。思いやりの詰まった料理の数々。当たり前の光景で味わう好きな男が自分のために作ってくれた料理に不味いわけがないのだ。
年々胃袋を掴まれている気が否めないが、新しい年を祝うこの日に特別な料理は幸せ以外の何物でもなかった。
ほころぶ口元はそのままに、目の前の男にありったけの感想を伝える。

この日初めて見た豪炎寺の満面の笑みが、最高の誕生日プレゼントになったのは来年の今日まで秘密にしておこう。


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