愛も憎悪も白い皿の上(完)



『で?私の席で何してるの?』
「温めといた」
『あ、ありがとう…?』
「どういたしまして」
登校して教室に入ると、何故かみんなが私を見るなりヒソヒソと話し始めるから何かと思えば、万次郎くんが私の席に座っていたかららしい。最近知ったけど、彼は有名な不良で、先生達ですらも恐れを成しているそうだ。そんな万次郎くんが突然、隣のクラスに現れ、我が物顔で転校生の席に座っていたら、そりゃあ騒めきもするだろう。
『来るの早いんだね』
「ケンチンに起こしてもらった」
『けんちん?』
友達かな、とひとり納得していると、低い声が教室に響き、辺りが静寂に包まれる。首を傾げながら声がした方へ振り返ると、私よりも数十センチは背が高い男の子が立っていた。しかも側頭部には刺青らしき物が彫られていて、彼の体格と相まって怖さが体を支配する。口をポカンと開け、固まってしまっている私に気付いた長い髪を結っている男子生徒は眉を寄せるが、すぐに視線を移す。
「こんな所で何やってんだよ、マイキー」
「コイツに会いに来てた」
「コイツ?」
「うん」
どうやら万次郎くんとお知り合いらしい。だが、あまりにも怖すぎやしないだろうか。本当に同い年ですか。もしかして何度か留年していたりするんだろうか。いや、中学校で留年なんて聞いた事がない。未だに動けない私の腕を引いたのは、この騒動の中心人物である万次郎くんだった。
「よしよし、ケンチン怖いよな〜」
「誰コイツ」
「ん?オレの」
「説明になってねぇ…」
いつの間にか万次郎くんの膝の上に座らされ、頭を抱えるように撫でられて、子供みたくあやされてしまった。次第に教室内は音を取り戻し、私達を見てポツリポツリありもしない話を始めたらしい。私と万次郎くんが付き合ってるとか、私が不良だったとか、万次郎くんを私が飼い慣らしたとか。事実無根が過ぎる。
『…………はッ!』
「あ、帰ってきた」
『い、一体、何が…』
「ちょうどいいから紹介するわ。ケンチン、オレのダチ」
「龍宮寺堅。ドラケンでいい」
「んで、コイツはオレのだから手ェ出すなよ、ケンチン」
「出さねぇよ」
笑顔の万次郎くんとは裏腹に、龍宮寺君は額に青筋を浮かべ、今にも舌打ちが漏れそうなほど機嫌が悪そうだった。その表情に心臓が縮まり、喉からは悲鳴にも似た音が鳴り、呼吸が止まる。不良怖い…。
「怖がらせんなって」
「誰のせいだ、誰の!」
「え?オレ?」
「そうだろうが!」
恐怖で体が緊張状態にあるせいか、指先が嫌に冷たい。無意識に手のひら同士を擦り合わせると、それに気付いた万次郎くんが私の手を取り、包み込む。
「寒ィの?」
『え、あ、う、ううん…、大丈夫』
私を膝に乗せているから距離が近い。後ろから顔を覗き込まれたせいで、少しでも動けば唇が重なってしまいそうだ。反射的に顎を引いて距離を取ろうとするが、何せここは万次郎くんの膝の上だし、腰に腕が回されているせいで離れられない。
『ち、近くない?』
「え?そう?」
「マイキー、そろそろ授業始まんぞ」
「オレここで寝る」
「ふざけんな」
ヒョイと彼の首根っこを掴んだ龍宮寺君に合わせ、膝から下りると、ズルズルと引き摺られて行く万次郎くんが嫌だ嫌だと言いながら私の方へと両手を伸ばす。苦笑を浮かべてヒラヒラと手を振るが、それを見た万次郎くんは頬を膨らませ、眉を寄せてしまう。あと数秒もすればチャイムが鳴るだろうし、授業の準備をしなければならない。教科書を出そうと視線を落とした瞬間、久しぶりに名前を呼ばれ、息が止まる。
「あとでな」
吸い寄せられるように見やると、万次郎くんが見た事もない優しい笑みを浮かべ、甘く言葉を紡いだ。思いもしなかった事に呆然としながら、ただ頷き、うん、とか細く言葉を返す。2人の姿が完全に見えなくなり、足音が遠くなった頃、教室が一斉に騒ぎ出し、女子達は私を取り囲む。
「え!え!?佐野君とどういう関係なの!?」
「やっぱり2人は付き合ってるの!?」
「佐野君の顔見た!?」
「見た見た!あれは完全に惚れてるって!」
「甘すぎだよね!」
転校初日でもこんなに囲まれなかったぞ。それに、私と万次郎くんはそういう関係じゃない。大切な友達だ、そう言ってやりたいのに、喉がカラカラで声なんて出せそうになかった。教科書を出す事すら忘れ、勢いよく席に着いてすぐさま突っ伏すが、周りの喧騒は無くならない。
『……万次郎くんのバカ』
小さく呟いた声は興奮の渦に掻き消され、消えていく。きっと今頃この騒動を引き起こした万次郎くんは意地悪く笑っているに違いない。文句を言いに行ってやりたいが、今は出来そうにもない。万次郎くんに指先の冷たさすら奪われてしまった。ああ、もう、顔が熱い。絶対許さないんだから。

prev next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -