悲しみであなたを殺せたら

「今年も始まりました!今回の体育祭はどうなるんでしょうか!」
マイク越しに響き渡る司会者の声に眉を寄せる。秋とは言っても、息が詰まるような暑さは変わらない。私の出番はまだまだ先だし、少し日陰に行ってサボってしまおうか。
『あっ……つい…』
中庭なら木が生い茂っているからそんなに暑くないかも、と向かおうとした時、一際大きな歓声が響き渡り、思わず振り返る。
『…佐野くん?』
どうやら彼がリレーに出ていたらしい。やる気が無さそうに欠伸をしながら走っているのに1番前を走っている彼は注目の的なようだ。
『凄いな〜…』
そう思いながらも、他人事の私は重い足取りで中庭へと向かう。木々が大きいお陰で、この場所は心做しか涼しい気がする。深く息を吐き出しながらベンチに腰を下ろして、憎たらしいほど晴れた空を見上げる。
「あ、ここに居たんだ」
そんな声がして顔を向けると、同じクラスの山田君が登場し、サボタージュしていた私は内心驚きながらも、探していた様子に首を傾げる。
『何か用事だった?』
「あー…、うん。ちょっと」
緊張した面持ちの山田君に、こちらまでその緊張が移ってしまいそうだ。近くに立ち、何かを決意したように顔を上げた山田君が口を開こうとした時、ドカリとベンチが軽く揺れるほど勢いよく座ったのは、まさかの佐野くんだった。
『さ、佐野くん…?』
名前を呼んでも俯いてしまっている佐野くんに反応は無い。私と山田君はお互いに顔を見合せて、瞬きを繰り返す。徐に佐野くんの顔が上がるが、その視線は山田君へと向いているらしかった。
「お、おれっ!短距離走出ないと…!」
走り去ってしまった山田君を呆然と見送ると、私達の間に重たい沈黙が流れる。これは私がどこかに行った方がいいんだろうか。遠くで聴こえる借り物競争の実況に耳を傾けながら意識を逸らしていると、隣から刺々しい声が聞こえた。
「オマエさ」
『……あ、なに?』
「なんで戻って来たんだよ」
『え?』
顔を向けるが視線は交わらず、無表情の佐野くんはただ真っ直ぐ前を見ていた。戻って来たっていうのは、この地元にって事なのかな。確かに小さい頃はここに住んでたから、戻って来たって表現も間違いじゃない。
『両親の、仕事の関係で…』
「………あっそ」
『佐野くん違うクラスなのに、私がここに住んでたの知ってるんだね』
この事は転校してきた時の自己紹介でしか言ってないのに、噂とかになってたのかな。人の噂も七十五日って言うのに、佐野くんよく覚えてるなぁ。なんて感心していると、嫌にゆっくり彼の唇が開いた。
「………まじでムカつく」
『……え?』
低く唸るようにそう吐き出した佐野くんは立ち上がると、酷く冷めた瞳で私を見下ろす。まるで、喉元に刃物が突きつけられたみたいに動けなくなって、喉がひりつく。
「二度と会いたくなかった」
無表情の筈なのに、そう言った彼の表情が酷く寂しそうに歪んでいる様に見えて、いつか見た誰かと似ている気がして、目眩がした。

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