君が傷口に沁みる

「熱中症に気をつけるように」
耳を劈く様な蝉の鳴き声で溢れる季節に体育をやるのは良くないと思う。まあ、そんな事を言っても体育は無くならないし、授業だから仕方ないんだけど。
「よーいはじめ!」
先生の声と共にみんなが走り出す。校庭を10週するマラソンだそうだ。しかもこの学校は2クラス合同で行うらしい。こんなに大人数を一斉に走らせるなんて正気の沙汰では無い。つまり何が言いたいのかと言うと、マラソンを今すぐ止めたいって事だ。
『……あ゛ー、辛い…』
外に居るだけでも汗が吹き出てくるのに、その中を走るなんて熱中症になってくれ、と言ってるようなもんじゃないか。先生の言う通り、水分をしっかり取らないと本当に危ない。
『……あれ』
そういえば走る前に水分取ったっけ。いくら思い返しても飲んだ記憶が無い。だからと言ってこの集団から抜けて水を飲みに行く勇気も無い。目立つ事間違いなしだ。ましてや私は転校生。余計に目立ってしまう。
『…我慢だ。我慢。昭和の体育だと思え』
体は丈夫な方だし、きっと大丈夫だ。さっさと走り終えて飲みに行けばいい。そう言い聞かせながらスピードを上げた。

なんて思ってた数分前の自分を殴ってやりたい。目の前は歪むし、汗も出てこない。それに気持ち悪い。今すぐ倒れてしまいたい。周りに助けを求めたいけど、生憎、私に友達と呼べる人は居ないし、まず声すら出せない。
『…あ、』
足元がふらついて、これ本当にヤバいやつだ、なんて思った時には力が入れられず、膝がカクリと抜ける感覚に陥る。
「……ほんと、ドンクセー奴」
膝から崩れ落ちそうになった私の腕を掴んだ誰かがポツリとそう言った気がしたけど、そのまま意識を手放してしまった。

∵∵
『…………生きてる』
いつの間にか私は保健室で眠っていたらしい。重たい体を起こすと、カーテンがゆっくり開かれ、保健室の先生が顔を出し、優しげな声が響く。
「起きた?体調は大丈夫?」
『あ、…はい。大丈夫です』
「軽い脱水症状よ。体育の前はちゃんと水分取らないと。それから授業中も」
『すみません』
こんなに迷惑をかける事になるなら水を飲みに行けばよかった。そっちの方がまだ目立たなかった筈だ。ベットから下りて上履きを履くと、目眩に襲われる事も無く、微かに息を吐く。すると先生が「あ、そうそう」と何かを思い出したように口を開いた。
「運んでくれたの佐野君だから、授業終わりにでもお礼言ってね」
『……佐野君?』
はて。そんな子は私のクラスに居ただろうか。佐伯君なら居た気がするが。首を捻っていると、先生が助け舟を出してくれた。
「隣のクラスの子よ」
『隣のクラス?』
一緒に体育を受けていたクラスの人だろうか。だとしたらとんでもなくいい人だ。知り合いでも、同じクラスの子でも無い私をわざわざ保健室に運んでくれるなんて。
『失礼しました』
「お大事に」
保健室を出てクラスには戻らず、佐野君が居るであろうクラスに顔を出すが、探し人の顔が分からないから探すにも探せない。
「どうかした?」
『あ、あの、佐野君って、居ますか?』
キョロキョロと辺りを見渡す私を見兼ねたのか、扉の近くに座っていた女の子が気遣って声をかけてくれた様だ。嬉しさを感じながらそう聞くと「佐野君なら寝てるよ」と言って、ある席を指さした。
『ほんとだ』
確かに机に突っ伏して寝てしまっている。どうしたものか。命の恩人を起こすのは忍びない。今日は諦めて明日出直そうか。うん、そうしよう。そう決心した私は、声をかけてくれた女の子にお礼を伝えてから、自分のクラスへと戻って席に着く。
『あ、』
そう言えばカバンの中に、お腹が減った時の為にお菓子を入れておいた筈だ。それを寝ている佐野君の席に置いてこよう。メモを添えれば分かるはず、そう思いついた私はすぐさま行動に移す為、お菓子とメモを持って再び隣のクラスへと訪れ、邪魔にならないよう彼の机の端に置く。そこで佐野君が下駄箱で会った男の子だと気付いた。寝ているせいで顔が分からないけど、髪色がきっとそう。だとしたら私からのお菓子は迷惑かもしれない。
『……ま、いっか』
嫌だったら勿体ないけど捨ててくれるだろうし、こういうのは気持ちが大事だから。そう言い聞かせて机に置いてそそくさと退散する。

その日の帰り、靴箱の中には私があげたはずのお菓子が入っていた。

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