いつかどこかで会えないまま


「オマエ、ほんとドンクセー」
『そ、そんなぁ…』
「……仕方ねぇーな」
男の子は頭を掻きながら、呆れたように溜息を吐き、転んだ私に手を差し伸べてれた。茹だる暑さの中、涙を堪えて、その手を掴むと、優しく引っ張られ立ち上がる。同じように額に汗を浮かべた彼は、暑さを感じさせないほど、軽い音吐を綴った。
「いつでも助けてやるよ。鈍臭いオマエの為に」
『ありがとう。■■■くん』
「オレの傍を離れんじゃねぇぞ」
『うん!』
「約束だからな」
そう言って小指を結んだ相手は誰だったっけ。逆光のせいで、顔には影が差し、目を凝らしても良く見えない。いつしか顔も声も忘れてしまった。そういえば、お別れの日、彼はなんて言ったんだっけ。

ーー「オレはオマエを、」

その言葉の続きはなんだっけ。思い出せない。けれど、彼の表情が酷く苦しげに歪んでいた事だけは、しっかり覚えている。


∵∵
『小学生の時はここの近くに住んでました。でもあまり覚えてないので、教えて貰えると嬉しいです。よろしくお願いします』
いつになっても、何度やっても、この挨拶には慣れない。そしてこの空気にも。緊張している事がバレないよう、小さく息を吐くと、先生はある一点を指差した。
「席はあそこな」
『はい』
中学2年生で転校っていうのは、如何なものなんだろう。幼い頃住んでたとはいえ、知り合いは居ない。というか覚えていない。席に着いて人知れず溜息を吐き出して窓の外を眺めると、散った桜が私を嘲笑うかのようにヒラヒラと散っていく。
「分からないことがあったら近くの席の人に聞いてね」
『分かりました』
言いながら頷き、隣の人へ軽く頭を下げると、相手も同じように会釈をしてくれた。良かった。初日からシカトをされたら、登校拒否しようと思っていたから。そのまま何事も無く授業が進められ、私は隣の人に教科書を見せてもらった。どうやら教材が届くのは明日になるらしい。突然の転校はこれだから嫌なのだ。けど、1番不安だった勉強は見た限り、どうにかついていけそうで安心した。
「前はどの辺りに住んでたの?」
『小さな駄菓子屋さんの近くだよ』
多分ね。その言葉は発せずに空気と一緒に飲み込んだ。休み時間になるなり、教科書を見せてくれた女の子にそう聞かれたけど、久しぶりに訪れたこの街は少しだけ変わってしまっていて、自分が住んでいた場所すら曖昧だ。
「駄菓子屋さん?…そんなのあったかな?」
ほら。昔通っていた大好きな駄菓子屋さんも潰れてしまっている。それが仕方ないことだって分かるけど、少しだけ寂しさを感じてしまう。駄菓子屋のお婆ちゃん元気だといいな。
「うわぁっ」
なんて思い耽っていると、教室の扉が勢いよく開かれ、大きな音に驚いた女の子は肩を跳ねさせていた。斯く言う私も驚いてしまい、体をビクつかせながら反射的に音の原因へと顔を向ける。
「……」
どうやら扉を開けたのはミルクティー色の長い髪を揺らしている男の子だったらしい。一瞬だけ交わった視線に、彼は目を大きく見開き、何度か唇を動かした。もちろん転校して来たばかりの私は彼を知らないし、彼も私を知らないだろう。知っていても、転校生が来た、くらいの情報であり、知り合いでは無い。新参者の自分がいつまでも見ているのは感じが悪いだろうと、そう思って視線を逸らした。


『失礼しました』
放課後になり、廊下が茜色に染まり始める時間に色々と手続きが必要な私は職員室を訪れていた。担任の先生に書類を貰い、一礼してから職員室から出て、誰も居なくなった静かな廊下を歩き、確かこっちだった筈、と曖昧な頭で不慣れな学校内を徘徊し、下駄箱を目指す。
『…あった』
存外、私の勘も捨てたものではないらしい。現れた下駄箱に人知れず安堵の息を吐きながら、自分のクラスの靴箱を目指す。が、どうやら先客が居たらしい。
「オマエさ」
『…え、』
私の靴箱の近くに背中を預け、寄りかかっていた男の子は私を見るなり、静かに言葉を吐き出し、睨むようにスッと目を細めた。
『………あ、』
確か彼は教室の扉を勢いよく開けた人だ。綺麗なミルクティーだから、きっとそう。そんな彼が私に何の用だろうか。私が無意識きに少し気構えると、ゆっくりと、けれど割れたガラスを向けるような、明確な敵意を持った声が鼓膜を揺らした。
「今更何しに来たんだよ」
『………えっと、』
「どういうつもりか知らねぇけど、オレは許した覚えは無ェ」
何の話かさっぱり分からない。ただ1つ分かることは、彼は私に敵意を向けているという事だけだ。男の子は1歩前に出ると、重く言葉を紡ぐ。その姿が、小さい頃仲良くしてくれていた彼と、姿が重なり見えてぐわんと目眩がした。
ああ、そうだ。あの時彼が言ったのは、

「オレはオマエを許さない」

耳の奥で今の時期に居るはずの無い蝉が鳴り響き、いつか聞いた声が、目の前の彼の声と重なって聞こえ、冷や汗が背中を伝う。ミルクティーの髪がふわりと揺れ、憎しみがメラメラと燃えている瞳から目が逸らせなくなり、私の世界が奪われた。

prev next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -