きみがくれた笑みが理由だよ


「……マイキー」
「……………あ、なに?」
「だから、最近オレ達のシマで暴れてる奴らどうするかって話だよ」
「……あー、」
「……何かあったのか」

ケンチンはそう言ってオレの前に腰を下ろした。珍しく登校したけど、やっぱりつまんなくてこうして屋上でサボっていた。

「……オレ、名前と別れたみたい」
「みたいって…」
「……………もう、歩けねぇんだって」

寝転がって腕を組んで頭の下に敷いて空を見上げると、たい焼きみたいな雲があったけど、何故かテンションが上がらなかった。

「…オレのせいだ」
「……そんで、どうすんだ」
「引っ越して、車椅子でも生活出来るようにするらしい」
「オレが聞いてんのはそっちじゃねぇよ」
「は?」

意味が分からずケンチンの方へと顔を向けると、何故かキレた様な顔をしてオレを睨んでいた。

「オマエはそれでどうすんだよ。ケツ捲って逃げんのか」
「……あ?」
「好きなんじゃねぇの。名前ちゃんの事」
「…………」

そんなの当たり前だ。ガキん時から一緒で、オレを男として見れないっつってオレを何度も振った名前をやっと彼女に出来たんだ。

「なら、すべき事はひとつなんじゃねぇの」
「…………ケンチン」
「何だよ」
「……ケンチンが居てくれてよかった」
「きめぇ」

減らず口な相棒に小さく笑って立ち上がる。多分、つーか絶対ここで名前を諦めたらオレは死ぬ程後悔する。

「オレやっぱ、名前が好きだ」
「そんなん知ってるつーの」

この感情はやっぱり同情でも、ましてや罪悪感なんかじゃねぇ。オレは名前が好きだ。

∵∵

「名前」
『……マイキー?』

痛む頬をそのままに、部屋の中で寝ようとしているであろう名前に声をかける。扉は開けず、ドアノブに手をかけたまま言葉を続ける。

「オレとデートして」
『…………は?』
「オレのバイクで海行こう」

見えなくても名前が狼狽えているのが分かる。それくらい長い時間一緒に居たんだ。今更離れるなんて無理に決まってる。

『……マイキー、私達別れたでしょ』
「うん。だからもう一回アタックしてる」
『………』
「明日引っ越すのも知ってる。……最後に、もう一回だけチャンスが欲しい」

部屋の中から深い溜息が聞こえて、その後に少し呆れた様な、けれどどこが柔らかい名前の声がした。

『本当、バカ』
「デートしてくれる?」
『…………いいよ』

その言葉を聞いて扉を開くと、名前が驚いた様に目を見開いた。

『どうしたのその傷!』
「男の勲章、的な」
『また喧嘩?』
「ううん。これはオレの覚悟」

オレの頬の傷に驚いている名前の上着を取り、身体を抱き上げる。外に出てバイクに乗せてやり、メットを被らせて上着を肩にかける。

『この近くに海なんてあった?』
「無いから遠出する。途中で食いもんと飲みもん買ってこ」
『……遠足みたい』
「楽しいだろ!」

小さく頷いた名前の腕を取って、自分の腹に回してバイクを走らせる。その間も色んな話をした。前みたいに。

∵∵

「着いた〜!!」
『夜中なんだからそんな大声出したら…!』
「周りに家も何も無ぇし平気だって」

バイクを停めて、名前の身体を抱え砂浜を歩く。砂が足の間に入って気持ち悪い。けど不思議と嫌じゃない。

『…降ろしてマイキー』

波打ち際にを降ろして、その隣に腰を下ろす。砂だらけになった足を海につけると思ったより冷たかった。

「冷てぇ〜」
『…………』

名前は腕を伸ばして海の水に触れると、小さく口を開いた。

『…本当だ。冷たい』
「…………なぁ、名前」
『…なに?』
「オレやっぱり名前が好きだ」

オレの言葉を否定するでも無く、名前はただ静かに手のひらで水を掬った。

「名前と一緒に居たい。こうやってデートして、話して、バイク乗って、」
『…………』
「……別れたくねぇ」

名前の手のひらからは掬った水が無くなっていて、そのまま砂浜に手をついた。

『……私、もう歩けない』
「…うん」
『車椅子が無いとどこにも行けない。そんな私は、マイキーの重荷になる。……私はそんなの嫌だよ』

砂を握る様に手に力を込めた名前は、唇を噛み締めて俯いた。

「オレが連れて行く」
『…………は、』
「車椅子も押してやるし、車椅子で行けないならオレが抱える。名前がオレの重荷になるわけねぇじゃん」
『………そんなの、今だけだよ。すぐに面倒臭くなって、私が邪魔になる』
「ならない。ぜぇーったい!」
『そんなの、』

砂を握り締めている小さな手に自分の手を重ねて力が抜ける様に指を絡ませると、オレと名前の手の間に砂があって少し邪魔だった。

「分かる。オレは名前の事が大好きで、大切で、一生守り抜きたい」
『…だから、それは、』
「名前がどう思ってようとどうでもいい。名前が同情だって思ってても、オレは名前が好きで一緒に居たい」

繋がれた手に力を込めると名前の手が少し震えた気がした。

「…… 名前が好きだ。オレと付き合ってください」
『………前は、付き合えって、命令口調だったくせに』
「必死だったんだよ。名前が他の奴に取られる前にどうしてもオレのにしたかったの」

次第に名前の声は震えて、頬には涙が伝っていた。その涙を拭いたくて手を伸ばすけど、オレの手には砂が付いていて、袖を伸ばして着ている服で涙を拭く。

「名前が行きたい場所はオレが全部連れて行ってやる。必ず名前を守る。もう、傷つけさせねぇ」

額を合わせると潮風のせいか、少しだけ名前の肌が冷たかった。少しでもオレの熱が移ればと身体を少しだけ寄せる。

「……だから、もう一回、オレを名前の彼氏にしてよ」

繋いだ手をそのままに、袖を伸ばして名前に砂がつかないように服の上から涙で濡れてしまっている頬を包む。

『わ、たしっ、マイキーと一緒にっ、居たいっ、』
「オレと一緒に居てよ」
『邪魔にっ、なるかもっ、』
「ならねぇよ。なるわけねぇじゃん」
『迷惑っ、かけるしっ、』
「迷惑じゃねぇし、名前にかけられる迷惑なら大歓迎」

涙を流している名前の瞳はキラキラと輝いて、目の前に広がる海みたいだな、なんて柄にもなく思った。

「……オレと歩いてよ」
『ま、いきー、』
「オレの隣で、一緒に。名前の人生、全部オレにちょーだい」

これじゃ、まるでプロポーズみてぇ。まぁ間違いじゃねぇんだけど。恥ずかしさで熱くなった頬に気付かないふりをして、ニッと口角を上げて笑う。

「これからの人生、全部オレに預けて、オレと一緒に歩んでください」
『……うんッ、』


久しぶりに見れた名前の笑顔は、涙が溢れていたけど、オレの大好きな笑顔だった。

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