いのちの陽炎が揺蕩うから

『毎日ここに来てるけど東卍は大丈夫なの?』
「ん、平気。名前は?足、平気?」
『………うん』

病室のベッドに座って、布団の上から名前の膝より下の辺りを軽く撫でると、名前は少し擽ったそうに身を捩った。

『触り方が厭らしい〜』
「は?人が心配してやってんのに」
『マイキーの触り方オッサンみたい』
「オッサンに触られた事ねぇだろ」
『うん。無い』

ガーゼの取れた名前の頬に手を当てると、不思議に首を傾げられた。少し傷跡が残った頬に眉を寄せると、看護師さんが入ってきた。

「苗字さーん。ご飯持って来ましたよ」
『ありがとうございます』

味気無さそうな飯に手をつける名前を見ていると、困った様に笑ってオレを見た。

『そんなに見られたら食べずらいよ』
「…退院したらたい焼き食いに行こうな」
『それ、自分が食べたいだけじゃないの?』
「違いますぅ〜」

味噌汁に口を付けた名前が小さく口を開いた。そのせいで湯気が揺れて、少しだけ名前の表情が隠れる。

『……歩けたら、食べに行きたいな』

妙な言い回しにオレが口を開こうとした時、名前が昨日見たテレビの話をするからいつの間にか何を言おうとしていたのか忘れてしまった。

∵∵

今日も名前の所に行く為に病院の受付を通り過ぎようとした時に声をかけられて足を止める。

「万次郎君」
「ん?名前の担当看護師さんじゃん。なに?」
「名前ちゃん、今はリハビリ中だから会えないのよ」
「え?いつ終わんの?」
「んー…、リハビリの後は検査があるみたいだから今日は会えないかも」
「ふーん…」

申し訳なさそうにそう言った看護師さんに仕方なく持っていた紙袋を渡す。

「じゃあこれ、名前に渡しといて」
「うん。分かった」

買ってきたばっかりだからそんなに冷めてない筈だ。本当はオレの分のたい焼きも入ってたけど、まぁいいや。

∵∵

「…は?今日も会えねぇの?」
「ごめんね。検査に時間がかかってるみたい」
「検査って…、どっか悪ぃの?」
「患者さんが多くて手間取ってるみたいなの。ごめんね」

5日間、ずっと名前と会えていない。検査ってこんなにかかるもんなのか?それにリハビリって、そんなに名前の足やべぇの?

「退院までどんくらい?」
「予定では後2週間くらいかな」
「………2週間も?」
「一応、脳の検査もしないといけないのよ」

喧嘩し慣れていない名前は殴られたから脳の検査も必要なんだ。けど、会えないと不安になる。病室は安全だって分かってるけど、それでも。

∵∵

「………は?退院した?」
「苗字さんって504号室の#名前2さんよね?」
「そうだけど」
「3日前に退院してるわよ」

名前に会えないまま1週間が経って、それでも毎日通っていると、いつもとは違う看護師さんに止められ、名前は退院したと聞かされた。

「退院予定日は後1週間ある筈だろ」
「え?…苗字さんは元々3日前に退院予定だったけど…」

ならあの看護師が言ってたのは嘘だったって事か?だとしても何でそんな嘘を吐く必要があるんだよ。

「退院したならお家に居るんじゃないかしら」
「………」
「あ、でももしかしたら引っ越すかもって言ってたわね」
「……引っ越す?」
「だって、苗字さんーーーーー」

その言葉を聞いた瞬間、頭に鈍器で殴られた様な衝撃が走った。

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