緒のごとくひそやかで確かな導き
「竜胆」
「あー?」
「今日あの闇金行くけど、どうする?」
竜胆のデートがご破算になってから数日後に、アジトのソファでダラダラしていた竜胆を見つけ、オレが気を遣ってそう聞くと、竜胆はすぐに立ち上がり、何事も無かった様にスーツを正した。
∵∵
「邪魔するぞ」
相変わらず小せぇ事務所の敷居を跨ぎ、中へと入るとあの日見た女がチラリとオレを見て案内を始めた。
『会議室に案内致します。社長にはすぐに顔を出すよう伝えますので、お待ちください』
あの日と同じ様に淡々とそう言った女はそれだけ言うと一礼し、姿を消した。隣で涼しい顔をしている竜胆に耳打ちをすると、何故かドヤ顔で返され、無性にイラッとした。
「今日は居るんだな」
「…この曜日は居るっつってた」
『失礼します』
コーヒーを乗せた盆を持った女がオレ達の前に並べると、一度もこちらを見ずに部屋を出て行く。ここまで来るといっそ清々しく感じ、本当に冷めた女だな、と思いながら横目で竜胆を見ると、拗ねた様に頬を膨らませ、唇を噛みながら眉を寄せ、瞳には涙を溜めていた。
「泣くな!まだ振られたわけじゃねぇだろ!」
「泣いてねぇし!!」
ゴシゴシと荒く擦る竜胆に顔を顰めると、扉が開かれ社長がオレ達の前に腰を下ろした。
「梵天の幹部様が何の御用です?」
「今月分の売上の集金だ」
「あー、なるほど」
社長は大きな声でさっきの事務員の名前を呼ぶと、封筒を持った女がオレに手渡した。
『こちらが明細です。金額につきましてはここで確認をお願い致します』
言われた通り茶封筒から札束を取り出し、枚数を数える。明細と見比べ、中身を確認し、何となく気になって竜胆を見る。
「…………」
竜胆は隠すこと無く女をガン見していた。よくそれで隠せてると思ってるもんだ。そのまま気付かれないよう女を見るが、竜胆になんて目もくれず、さっさと帰れオーラを放ちながら札束を眺めていた。
「…よし。来月もこの調子で頼むぞ」
「勿論。本当に九井さんには感謝してるんです」
愛想がいい笑みを浮かべる社長に、ある考えが浮かぶ。これが上手くいけば、オレは竜胆に恩を売れるし、利用もできる。オレにとっても悪くない案だ。
「…感謝してるんだよな?」
「ええ。勿論です」
「なら、礼としてそこの事務員をうちで少し預かりたい」
そう言った瞬間、息が苦しくなり目を見開くと竜胆が血走った目でオレの胸倉を掴んでいた。
「は?おい、竜胆…、」
「テメェ何考えてんだ」
「いや、聞けって、」
「手ェ出してみろ。ブッ殺すぞ」
低くそう言った竜胆の頬を軽く殴り、胸倉を直して竜胆に顔を寄せ、小さく言葉を吐く。
「少しの間でもあの女をうちに置いておけるんだぞ?確実に今よりは親密になれる。それに事務員が雇えるのは梵天としても悪くねぇ話だ」
「………九井、オマエ、」
「70万で手を打ってやる」
「任せろ」
間髪入れず頷いた竜胆は、さっきまでと打って変わり、瞳を輝かせ商談に参加した。すると、社長は見開いていた瞳を細くし、薄ら笑いを浮かべ、口を開く。
「コイツを梵天に?」
「はい。もちろん、期間は決めさせていただきます。私達も書類整理に困ってまして…」
「まぁ、私達はいいですが…。オマエはどうしたい?」
社長は伺うように事務員の女に視線を向けた。すると女は考える様子も無く口を開いた。
『お断りします』
ピシャリと言い放った女は一礼すると部屋を出て行った。恐る恐る竜胆に視線を向けると、口をあんぐりと開き、顔を青くして固まっていた。これはオレのせいじゃない。
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