噛み砕いて吐き出したい


「テメェ死にてぇのか?」
『ごめんなさい。違うんです。違います』

ピンクマンは低く唸ると、拳銃を私のこめかみに押し当てた。今のは私も悪いと思ってる。けど違うんだ。本当に悪意があった訳じゃない。なんて冷や汗を流しながらピンクマンに弁解しようと顔を向けた瞬間、足元でバリンッと何かが割れた様な音がして肩を跳ねさせ、ゆっくりと確かめる為に視線を向ける。

『………ビン?』

足元には細かく砕け散ったビンらしき物が散らばっていた。顔を上げると、マイキーが右手を軽く上げていた。

『……は?…今、投げた?』

これだけ細かく砕けているって事は、結構な勢いで投げつけたって事だ。私の足のすぐ隣に広がった硝子に顔が青ざめる。もし私がジーンズを履いてなかったら…。

「まずはアキレス腱を切る」
『………は?』

淡々とそう言ったマイキーに目を丸くしながら視線を向けると、1歩ずつマイキーは足を動かして近づいた。

「二度と逃がさねぇ」
『…ま、待ってよ、』
「12年前、言ったよな。手足を切ってでも逃がさない。名前が壊れても、オマエはオレの物だ」
『マイキー、』

私の前に立ったマイキーは私の首に手をかけると、目を細めて言葉を続けた。

「オマエを壊す事になっても構わない」
『ちょ、ちょっと待ってよ、話し合おう!』
「話し合う事なんてねぇよ」

表情を変えずに答えるマイキーに慌てて口を開く。なんでこんなことになってる。なんでマイキーは1人でこんな場所に居る。みんなと一緒に居るんじゃないの。

『……幸せに、なってるんじゃないの?』
「…………これがオレの選んだ幸せだよ」
『…ちがう、…こんなの、』

無意識に首を振っていた。こんなの誰にとっての幸せなんだよ。私は君に幸せになって欲しかったんだよ。他でもない、君に。なのに、どうしてこんなに、

『…戻ろうマイキー、みんな待ってる』
「………」
『ドラケンも三ツ谷君も、タケミチ君も。みんな、マイキーを待ってる』

半分、懇願だった。帰って来て欲しい。みんなの元に。君の居場所はここじゃない。

『エマちゃんだって、マイキーを、』
「エマは死んだ」
『……………………は、』
「エマは死んだよ」

マイキーの言葉に一瞬で頭が真っ白になった。けれどマイキーの表情は巫山戯ている様には見えなかったし、そもそも絶対にこんな冗談言わない。

『…それ、…なんの、冗談、』
「冗談でも嘘でもねぇよ。エマは死んだ。バイクに乗った稀咲にバットで殴られて」
『……嘘、…だって、…エマちゃんは、』

エマちゃんが死ぬのなんて知らない。エマちゃんは抗争やタケミチ君がタイムリープする理由には関係無かった筈。なのに、どうしてエマちゃんが死んだ。

「…オマエが消えた後、オレの幼馴染だった場地も死んで、エマも死んだ」

いつの間にか下を向いていた私の頬を優しく包んだマイキーの手は、私の顔を上げさせると視線を合わせて、まるで言い聞かせる様に口を開いた。

「けどオレにはオマエが居る」

私は、何をしていた。この12年間。幼馴染を失って、大切な家族を失って、ギリギリだった彼を置いて、私は何をしていた。呑気に眠っていたのか。それとも別の私が何も考えず生活していたのか。
一番辛い時に、一番苦しい時に、一番悲しい時に、一番怖がっていた時に、私は一体、何をしていた。

『…ッ、…ぁ、』

何が幸せになって欲しいだ。何が私を忘れないでだ。
何が好きだ。何が愛してるだ。私は何もせず、ただマイキーを苦しめて、悲しめて、勝手に姿を消して。全部終わった気でいて。

『ぅ、…ぁ、…っ、』

そんな私に泣く資格があるのか。幸せになる資格があるのか。幸せを願う資格があるのか。


私は、何の為に生きているんだ。



「……名前」

懐かしい声で名前を呼ばれ、体が温もりに包まれる。視線を少しズラすと、まるで花札のような刺青が見えた。

『…ま、いき、』
「…名前、」

何も考えられない。何も考えたくない。視界がぼやける。逃げたい。全てを忘れたい。無くしてしまいたい。私は、なんて無責任なんだろう。

「……いいよ、名前」
『…まい、きー、』

マイキーは私と額を合わせると、瞼を閉じて、まるで祈る様に、言い聞かせる様に、…神様の救いの言葉のように甘い言葉を紡いだ。


「…オレと一緒に堕ちよう」



全てが許された気がした。

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