綺麗なものが美しくなる
「名前ー」
『…………』
「聞いてんの?その耳は飾り?」
『いたたたたッ!痛いよマイキー君!』
次の日、普通に登校して席に着いていると、マイキー君が来て私の名前を呼んだ。その瞬間、クラスがざわついた。答えなかった私に腹が立ったのかマイキー君は何処ぞの四次元ポケットを持ったアニメに出てくるガキ大将の母親の様に私の耳を摘んだ。
「飾りならこの耳要らねぇよな?」
『いる!いるよ!?それに痛いから離してマイキー君!』
「オレ、昨日言ったよな?マイキーで良いよって」
『い、痛いよ、マイキー…、』
「なーんだ、聞こえてんじゃん」
さっきとは打って変わって嬉しそうに笑いながら私の耳を離したマイキーはとある本を私の机に広げた。周りに居た男の子は顔を赤らめ、女の子達は幼いながらも引いたような顔をしていた。
「四十八手って何個かカブってると思うんだけど。名前はどう思う?」
『……学校でエロ本を堂々と開くのはどう思うマイキー?』
「ほら、これとこれなんて絶対一緒じゃね?」
『………………』
別に下ネタや下世話な話に抵抗は無いが、小学生が堂々とエロ本を持参するのは如何なものだろうか。教育的にアウトだと思う。
「それにこれとか乳デカすぎて嘘くさくねぇ?」
『………エロ本なんて基本、胸が大きい子が多いんだから仕方ないんじゃないかな』
「もっと丁度いいデカさがいいんだよなぁ」
『大きさより感度を大切にした方がいいんじゃないかな』
どうして私は小学生とこんな話をしているのか。半ば諦めモードに入りながらペラペラとエロ本を捲る。ちゃんと読んだのは初めてだ。一体マイキーはとこで手に入れてくるのか。
「感度ォ?そんなの触ってからじゃねぇと分かんねぇじゃん」
『マイキーはとにかく荒そうだよね』
「はァ?」
『喧嘩ばっかしてるし』
この目で見た事は無いが、漫画の中では暴走族の総長をやっている彼はとにかく喧嘩三昧だった気がする。思った事を素直に述べると、マイキーは何故か嬉しそうに笑った。
「やっぱ名前面白ぇな!」
『…今のどこに面白さがあったのか分からないけどありがとう』
「今度オレが喧嘩してる所見に来る?」
『行くわけないでしょ』
私はボクシングや空手などはあまり嗜まない人間だ。喧嘩なんて以ての外。好き好んでは見たくない。私の苦虫を噛み潰したような顔を見てマイキーはまた笑った。
∵∵
「そうだ。今日の帰りたい焼き食いに行こうぜ」
『あのねマイキー』
「ん?なに?」
マイキーに気に入られてからというものの、彼は事ある事に私に声をかけた。授業が終わる度、少しでも時間があると私に絡んで来た。
『マイキーが私に声をかけるから、友達居なくなっちゃった』
「え?何で?」
『自分が怖がられてる事を知った方がいいよ』
「えー?」
不思議そうに首を傾げるマイキーは、私の前の席の椅子に勝手に腰を下ろし、私の筆箱を好き勝手に弄り始めた。
「でもさ、そんなので離れていくヤツなんて友達じゃなくね?」
まさか小学生に正論を貰うことになるとは。そもそも以前とキャラが変わったらしい私とは距離を取り始めていた。変わったというか、なんというか。精神年齢は成人済みなのだ。小学生の様に振る舞うのは少し抵抗がある。
「名前だって、大して気にしてねぇじゃん」
『……そんなこと無いけど』
「だって、オレと居た方が名前楽しそうだし」
『マイキーは断章主義だよね』
「ダンショーシュギって何?」
『天上天下唯我独尊とも言う』
「ちゃんと日本語で話せよ」
『ずっと日本語だよ』
マイキーは興味が無くなったのか私の筆箱から消しゴムを取り出すと、何故か細かく千切り始めた。そのせいで授業中に消しゴムが使えなくて隣の子から借りる事になった。
∵∵
「今からプール授業だ。静かに移動するように」
暖かかった気候はいつの間にか暑くなり、懐かしいプール授業が始まった。みんなは少し恥ずかしそうにしていたけど、私は特に羞恥心も無く、女子更衣室で着替えてプールサイドに立つ。小学生の体を見ても何とも思わないし。
「学校のプールって何でこんなに汚ぇんだろうな」
『……マイキー、こっち女子列だよ』
「別に並ぶのなんてどこでもいいだろ」
『それを決めるのは先生だよ』
当然の様に私の隣に立って、頭の後ろで腕を組むマイキーを見ずに半目でプールを眺める。別にいいんですけどね、私はどうでも。
「ガキの体見てもなぁ」
『マイキーも同い年だけどね』
「やっぱサボるかなぁ…」
『着替えたのにサボる方が面倒臭くない?』
「…確かに」
小学校、中学校は義務教育だからサボっても支障は無いかもしれないけど、私は暑いから早くプールに入りたい。例え虫が浮いてても。
「……すげぇな、」
「…やっぱ苗字が一番だな」
小学生あるあるだな。クラスで誰の胸が大きいかって話をするの。ちなみに私が大きいわけじゃない。女子達は恥ずかしがって隠してるし、背中を丸めているから私が一番大きいみたいになってるだけで、断じて大きいわけじゃない。悲しい事に。
「だってさ、名前が一番デカいらしいよ。良かったね」
『わー、嬉しいー』
「つーか、そんなにデカいの見たいならエロ本見れば良いのにな」
『知ってるマイキー?エロ本って20歳以上しか見ちゃいけないんだよ』
「おっ、見ろよ。アメンボ浮いてる」
『わー、本当だー』
数ヶ月一緒に居てマイキーの性格には慣れた。とりあえず適当に相槌しておけばどうにかなる。そんなマイキーの相手を熟していると、準備体操が始まり、プールに浸かる。
『………冷た』
「足で何か踏んだんだけど」
『あー、多分蜂とかじゃない?』
「気持ち悪ぃ」
珍しく眉を寄せるマイキーに鼻を鳴らして小さく笑うと、顔面に水が掛けられ、一瞬で真顔に戻る。
『………何すんの』
「名前が笑ってんのがムカついた」
『………………』
プールの冷たさとマイキーへの苛立ちから水を切るように右手を動かしてマイキーに水をかける。マイキーはまさか私が反撃すると思ってなかったのか目を見開いて、数回瞬きを繰り返した。
「………へぇー?」
『…………』
そっからは戦争だった。先生の制止の声を聞きもせずに水の掛け合いが始まった。最近気付いたけど、多分私もマイキーと一緒に問題児リストに載せられてる。
『マイキーのせいで泳げなかった』
「オレのせいじゃねぇし。名前が遊んでたからだろ」
『せっかくのプールだったのに』
「あんな汚ぇプールのどこが良いんだよ」
『プールは汚くても、楽しかった幼い日の思い出は綺麗なんだよ』
「日本語で話せよ」
『日本語だよ』
濡れた髪でマイキーと帰る帰り道は酷く疲れて、その日はベットに入るなり熟睡してしまった。