可視光線が重なって



昔から何かに熱中する事があまり出来なかった。好きな物が出来てもいつの間にかその熱は冷めて、興味が無くなっていた。
そんな私も成人を迎え、仕事をする様になって前以上に何かに興味を持てなくなっていた。毎日をただ何となく過ごす。そんなつまらない生活が世間一般で言う普通であり、幸せだ。




『……………』





こんな風に何となくで死んでいくんだな、なんて思いながらベットへと倒れ込んで瞼を閉じる。明日も仕事だ。寝ないといけない。





『………………ん、』






いつの間にか眠ってしまっていた私はカーテンから射し込む光の眩しさで目が覚めた。働く様になってこんな風に目が覚めたのは初めてだ。仕事に行かないといけないと分かっているけれど天井を眺めてボーッとしてしまう。





「名前ー!いつまで寝てるのー!?学校始まるわよ!」






はて。学校とは何だろうか。というか何故、一人暮らしをしている私の家から母の声が下の階からするのだろうか。私に連絡も無しに家に来たのだろうか。それは普通に困る。それに私の家はアパートだ。1階も何も無い。





「ほら名前!学校遅刻するわよ!…あら、起きてるじゃない。朝ごはん出来てるから食べちゃって」

『…………』






遂に部屋に入って来た母は私が起きているのを確認すると部屋から出て行ってしまった。寝起きなせいか未だにボーッとする頭を持ち上げて上体を起こすと、辺りは私の家では無く…、厳密に言うなら私の家ではあるが、実家の私の部屋だった。





『……昨日間違えて実家に帰って来た?…いや、仕事あるのにそんな訳…、』






ガシガシと頭を掻きながら懐かしい勉強机に目を向ける。すると机の横には懐かしき赤いランドセルが掛けられており、思わずベットから降りて持ち上げる。





『懐かしいー!こんなだったなぁ…!』






そこでふと、ランドセルが異様に重たい気がして首を傾げる。それに目線がいつもより低い気がする。ランドセルを床に下ろして中を見ると、ぎっしりと教科書が詰め込まれており眉を寄せる。しかも意外と新しそう。傷もあまりなく、折った様な跡も無い。




『……ちょっと、待って、』






教科書を開いた手に違和感を覚え、冷や汗を流しながら部屋にある鏡で自分の顔を覗き込む。そこに映っていたのは見覚えのある幼い自分の顔だった。






『……………何これ、』

「名前!!!朝ごはん!!!」




整理出来ていない頭のまま、母の怒号が怖すぎて朝ごはんを無理矢理流し込み、数十年前に通っていた小学校への道を辿る。






「名前ちゃんおはよ!」

『え、あ、…おはよ』





学校に行く途中に何度かそう声をかけられたが、生憎私は誰だか分からないし、そもそも私は成人済みの大人な筈だ。まだ起きてから数時間だというのに私の背中は冷や汗ダラダラだ。





『…………』





どういう事だろう。何なんだ。しかもいくら道を歩いても私が通っていた小学校が見えて来ない。いい大人が迷子なんて恥ずかしい。首は動かさず視線だけを動かしていると、また後ろから声をかけられた。





「名前ちゃんおはよう」

『お、おはよう』

「今日の1時間目体育だって!私ドッヂボールがいいなぁ!」






どうやらその子は私と友達の様だ。このままこの子と登校すれば学校に辿り着ける筈だ。…というか何故私は学校に向かおうとしているのか。






「あ、マイキー君だ」

『……ミルキー?』

「マイキー君!だよ!」






マイキーとは何だ。ミルキーなら小さい頃から食べていたが。友達だと思われる女の子の視線を辿ると、小学生とは思えない髪色をしている男の子が居た。





「おはようございます!マイキー君」

「マイキー君おはよう!」






あの子が歩くだけで周りの子達がまるで舎弟のように道を開け、頭を下げていた。まるでヤクザだ。





「マイキー君凄いねぇ」






女の子がそう言った瞬間、マイキー君と呼ばれた男の子が柔らかそうな髪を揺らして振り返った。そのせいで視線が交わり、その瞳に一瞬心臓が音を立てた。






「……こ、怖かったねぇ」

『…………マイキー君の名前って、』

「え?佐野万次郎君だよ?」






その名前に私は片目の目尻をひくつかせ、片方の口角を引き上げる。佐野万次郎って名前には聞き覚えがあった。私が以前齧っていたアニメだ。元は漫画だが、アニメ化や実写映画化されている大人気コンテンツの登場人物だ。しかも、主要人物。






「名前ちゃん同じクラスだよね?どうしたの?」







まさかの同じクラスときた。こんな鮮明に覚えているものなのか。私が見ていたのは少なくとも数年前だ。だというのに漫画の世界をこんなにも鮮明に、夢の中で忠実に再現できるのか。記憶が曖昧だから忠実なのかは分からないけど。






「名前ちゃーん!お外行こうー!」

『う、うん、』





学校に辿り着き、授業が始まった。しかも1時間目から体育。オバサンの体にはきついものがある。こんな朝早くから動くなんて。





「えー、今日はドッヂボールをやる。チームは男女混合で先生が適当に決めたからな」






先生と思われる男の人の言葉に周りの子供達は嬉しそうに飛び跳ねていた。私も喜ぶべきなのだろうか。ドッヂボールは嫌いじゃないが、今は私が置かれているこの状況を整理したい。けれども私の心中を知らない先生はどんどんチームを決めていく。





「苗字はBチームだな」

『…はい』






ふたつに分かたれたコートの片方に入り、辺りを見渡す。夢にしては辺りが細かく描かれ過ぎな気がする。でもこれが夢じゃないなら一体何なのか。というか私が通っていた小学校はここじゃない。全てが違い過ぎている。





「わぁ!マイキー君がボール持った!みんな逃げろ!」






そうだ。マイキー君が居るのもよく分からない。しかも小学生の。私は深く漫画を読み込んでいなかったし、ここ数年間は読んでいたことさえ忘れていた程だ。それが今になってどうして夢に出てくるのか。





「名前ちゃん危ないっ!」

『………ぎゃばぁッ!?』






突然感じた痛みに、体が勝手に地面に倒れ込んだ。とにかく痛む顔を抑えると、手のひらが生暖かくなり何となく手のひらを見ると血がベットリと付いていた。






「先生!名前ちゃんが鼻血です!」

『…………』





私は鼻血じゃないです。小学生らしい言い方に小さく笑いながら立ち上がり、先生に向かって鼻を押さえながら口を開く。





『保健室、行ってきます』

「保健委員、連れて行ってやってくれ」

『いえ、一人で大丈夫です』





先生の心配そうな顔を見て見ぬふりをして校舎を目指す。保健室の場所知らないけど辿り着けるだろうか。というか夢なのに痛みがリアルだ。血も暖かいし、まるで本物の様だ。






『…失礼します』

「凄い血じゃない!」

『体育でボールに当たりまして…』

「座って待っててちょうだい」





保健室の先生からタオルを受け取り、軽く上を向きながら天井を眺める。痛いのは嫌だが、考える時間が欲しかったから丁度いいかもしれない。





「オマエ、今日変じゃね?」






どうして一人になりたいのに、そうさせてくれないのか。保健室の扉には私に豪速球を当てた張本人であるマイキー君が立っていた。





「なんつーか、今日大人しいよな」

『そ、そうかな?』

「いつもバカみたいに騒いでんじゃん」





バカとは失礼では無いだろうか。そもそも当てられたことを謝ってもらえて無いんですが。体育で考え事をしてボーッとしていた私が悪いけど。






「やっぱいつもと雰囲気違うよな」

『ま、マイキー君はどうしてここに?』

「オレの球、怪我人出るからドッヂ禁止になった」

『そ、そうなんだ』

「そんで暇だから見に来た。スゲー血出てたし」




コロコロと棒付きの飴を転がす彼からは反省の色は見えなかった。私が悪いとはいえ、女子に怪我をさせたのに。早く先生戻ってきてくれ。






「オマエ名前は?」

『………』

「名前」

『……苗字、』

「オレが言ってんのは名前なんだけど」





小学生らしからぬ雰囲気でそう言って私の前に立ったマイキー君はポケットに手を入れたまま私の顔を覗き込んだ。





『……名前、』

「名前ね」





しかも呼び捨てだ。今は同学年だから仕方ないが、一回り、二回り違う子どもに呼び捨てされるのは微妙な心情だ。マイキー君は無表情だったのに、一瞬で表情を変えて、ニッと笑った。






「気に入った!」

『………え、』

「雰囲気が違ぇ!周りのヤツは全員つまんねぇんだよなぁ」

『……いや、あの、』

「オレの事はマイキーって呼んでいいよ。名前はトクベツ」

『……………』






なんてこった。この世で一番気に入られてはいけない人物に気に入られちまった。ただボーッとしていただけなのに。…………なんてこった。




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