知らない秘密に触れるとき(完)
『天の川が見えるのって明日の夜?』
「んぁ?天の川ァ?」
タケミチ君と分かれてからマイキーとふたりでたい焼きを食べていた。空を見上げると、少し暗くなっていて、所々に星が見えた。
「そういえば明日は七夕だな」
『七夕といえば、織姫と彦星だよね』
「一年に一度しか会えねぇってやつ?」
『そう』
また一口頬張ると、マイキーは大きく口を開いてたい焼きを平らげた。するとマイキーは私の手首を掴んで、私のたい焼きを食べた。
『……自分の分食べたじゃん』
「オレだったら耐えらんねぇな」
『横取りして怒るなら、やらないでよ』
「そっちじゃねぇよ。織姫と彦星の話」
口の端に付いた餡子を舐めとると、マイキーは喉を反って空を見上げた。
「好きな奴と一年に一度しか会えないなんて、辛すぎねぇ?」
『……そうだね』
「オレだったら耐えらんなくて会いに行っちゃうな」
『でも、会えないんでしょ?会えないから2人は我慢してるんでしょ?』
「そんなの根性だろ。オレならどん手を使ってでも会いに行く」
『…マイキーらしい』
流石、天下の東京卍會の総長だ。天上天下唯我独尊。マイキーの為にある様な言葉だ。
『天の川、見えるかな…』
「天気予報だと晴れだし、見れんじゃねぇ?」
『…見れるといいなぁ』
小さく笑うと、またマイキーが私のたい焼きにかぶりついた。半分以上がマイキーの胃袋の中へと消えてしまった。
∵∵
『曇ってる…』
7月7日の夜、部屋のカーテンを開いて空を見上げると見事に空は曇っていた。この調子だと天の川は見えなさそうだ。
『………一年に一度、会えるだけ幸せだと思うよマイキー、』
カーテンを閉じると、階段を上がる音がして部屋の扉が開かれる。すると母が顔を出し、目を見開いた。
「っ、誰…!?どうしてこの部屋に!」
本格的にこの世界から私の存在は消え始めているみたい。警察を呼ばれてしまう前に慌てて家から飛び出る。何も考えずに走り続けると、いつの間にか汗が頬を伝って流れ落ちていた。何故か視界が歪んでいるけど、多分汗のせいだ。
『はぁっ、はぁッ、』
息が苦しくなって立ち止まり、深く息を吐き出す。顔を上げて周りを確認すると、東卍がよく集会に使っている神社だった。
『………神頼みして、どうにかなる事じゃないのに』
階段を上がり、ポケットにたまたま入っていた10円玉を賽銭箱に投げる。賽銭箱と10円玉がぶつかり音を立てて落ちていった。
『……ここに居たいなぁ』
ポツリと零れた言葉は風で揺れた本坪鈴に掻き消されてしまった。
「名前ちゃん?」
『……タケミチ君』
振り返ると鳥居の下にタケミチ君が立っていた。もしかしたら私は彼と入れ替わりなのかもしれない。彼がタイムリープをしたから、私はもう用済み、みたいな。
なんて思って自虐的に笑った。それじゃあまるで、私が何かを成し遂げられているみたいじゃないか。そんなわけないのに。
「名前ちゃん?どうしたの?」
『……タケミチ君、この間の話の続きをさせて欲しいんだ』
「え、あ、うん。なに?」
きっと、本当なら言わない方が良いんだ。私が余計な事を言って、原作が変わってしまったら元も子も無い。それでも、
『…タケミチ君、』
溢れそうになる涙を堪えて震えそうになる唇を噛み締めて口を開いた時、ずっと聞きたかった声が聞こえた。
「名前ッ!!」
「マイキー君?」
どこか焦った様な顔をして、額に汗を浮かべているマイキーは多分、分かってるんだと思う。
『…マイキー、』
「名前ッ!」
『……そんなに焦ってどうしたの?』
マイキーはタケミチ君に見向きもせず私の前へと来ると、少しだけ視線を彷徨わせた。いつもよりも開けた距離に少しだけ寂しくなった。
「ケンチンがっ、…ケンチンだけじゃねぇっ、場地も三ツ谷も!みんな名前の事忘れてんだよ!」
『……そっか』
「…え、…え?それって、どういう…、」
タケミチ君の混乱した様な声がして小さく笑ってしまった。するとマイキーが眉を寄せて1歩前に踏み出した。
「どういう事だよっ、」
『……多分、元の世界に帰るんだと思う』
「なんで…!」
『…元々、私はイレギュラーな存在だから。ずっとここに居る訳にはいかないんだよ』
グッと拳を握ったマイキーの手に、手を伸ばしてしまいそうになって慌てて手のひらを握り込み、力を込める。
『……私、この世界に来られて良かった』
「っんで、そんな最後みてぇに言うんだよ!」
『…みんなに出会えてよかった』
「やめろよッ!」
『マイキーに出会えてよかった』
最初に来た時には、帰りたいとしか思わなかったのに。マイキーと過ごして帰りたく無くなちゃった。ずっとこの人の隣に居たいと思ってしまった。
『…でも、私、帰らないと』
「一緒に居るって言っただろ!」
『……うん。一緒に居たかった』
「居ればいい!居ればいいだろうが!」
居たいよ。ずっとここに居たい。マイキーが幸せになるところを見届けたい。それで、もし、叶うなら、その傍らに居させて欲しかった。
『…ねぇ、マイキー、』
「行くなッ!名前!」
『……マイキーは知らないだろうけど、』
本当は言うつもりなんて無かったのに。隠し通すつもりだったのに。涙が流れて、声が震える。それでもこれだけは知っておいて欲しい。
『……大好きだよ、マイキー、』
「ッ、名前ッ!!」
目を見開いた彼の瞳からはボロボロと涙が流れて、地面に染みをいくつも作っていた。
どうか幸せになって。みんなに囲まれて、今と変わらず笑顔で居て欲しい。
『……タケミチ君』
「な、なに?」
だから、君が彼を幸せに導いてあげて。
『…後は頼んだよ。泣き虫の主人公』
涙を流し続けている私とマイキー、どこか呆然としているタケミチ君。これじゃあどっちが泣き虫か分からないよ。
「名前ッ!!」
マイキーが私に向かって右手を呼ばしたけど、私の体に触れそうになった瞬間、目の前が真っ暗になった。
最後に見えたのは、マイキーの苦しそうな顔だった。
『……幸せになって、万次郎』
誰よりも、幸せになって。そして叶うなら、
私の事を忘れないで
∵∵∵
「……………」
「……マイキー、君、」
喧嘩の時でさえ膝を付かないマイキー君が地面に両手をついていた。何でオレ、神社に居るんだろう。気が付いたらここに居た。それで、マイキー君が涙を流していた。
「マイキー君…、」
オレが声をかけるとマイキー君は地面に付いた手をグッと握り、静かに立ち上がって前を見ていた。
マイキー君が振り返った時、曇っていたはずの空が晴れて、マイキー君を月明かりが照らした。
「………必ず、オレが探し出して連れ戻してやる」
そう言ったマイキー君はオレの横を通り過ぎて神社から姿を消した。その時の瞳が直人が見せてくれた12年後のマイキー君と似ていて少しだけ怖くなった。
2021.06.29 完結