季節の変わり目の少し奥



「名前ちゃん!名前ちゃん!」

『ん?なに?エマちゃん』

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」




マイキーに無理矢理連れて来られた集会中、少し離れた場所に居る私とエマちゃんは談笑をしていた。すると突然、エマちゃんが少し興奮した様に近くには誰も居ないのに声を潜めて言った。




「マイキーとエッチした?」

『…へ!?』

「もし、名前ちゃんに、そういう経験があるなら、アドバイス的なの欲しいなぁって…」

『……え、エマちゃんはまだ中学生なんだよ!?そんなの早いよ!』

「名前ちゃんだって中学生じゃん」

『ヴッ…』




痛い所を突かれ、胸を抑えると、私の耳にエマちゃんが唇を寄せるから、体を斜めにして顔を寄せる。





「マイキー上手だった?気持ちよかった?」

『エマちゃんッ!』

「名前ちゃん、もしかして口でしたりした?」

『も、ほんと、勘弁して…』




一回りや二回り違う中学生の女の子に営み事情を聞かれている今の状況は一体何なんだ。大丈夫これ。私捕まらないよね?




「名前ちゃんって、ぶっちゃけ何人と経験あるの?」

『………』





エマちゃんをジト目で見るけど、彼女の瞳は至極真剣だった。もしかしたらエマちゃんはドラケンと付き合ってるのかもしれないし、性教育は大事だ。年上の大人として、彼女達が間違いを犯さない為に、ここは一肌脱ごうじゃないか。




『…経験は、まぁ…、数人、かな、』

「そうなの…!?ウチはてっきりマイキーが初めてだと思ってた!」

『…初めて、……初めてかぁ、』





この場合、この世界での初めての話をするべきのか。それとも兄妹の性事情なんか聞かせる訳には、と元の世界での初めての話をするべきなのか。




「初めてって痛いっていうじゃん?名前ちゃんは、い、痛かった…?」

『……あー、…うーん、……凄く時間かけてくれたからそこまでの痛みは無かったかなぁ』





結果、元の世界の元彼の話をすることにした。だって私だったらいくら仲良くても自分の兄の性事情は聞きたくない。




「キスとかは!?緊張した!?」

『そうでも無かったかなぁ…。リードしてくれたし、凄い気を使ってくれた』




初めてって結構記憶に残ったり、大事にしたりって思ってたけど、いざ終われば、こんなもんかぁ、なんて思ったりした。付き合っていたとはいえ、本当にその人の事好きだったのか怪しいぞ自分。




『ドラケンにちゃんと避妊の方法教えておくから』

「えっ!?ちがっ、違いますよ!?」

『大丈夫!ドラケン優しいって!多分!』

「本当に違いますからぁ!」

『とにかく雰囲気が大事!雰囲気さえ上手く行けばいつの間にか終わってるよ!んで、終わってみればこんなもんかぁって感じだよ!頑張って!』

「へぇー。途中で気失いかけてたのに、こんなもんかぁって感じだったんだァ?」

『………………』






顔を真っ赤にして否定するエマちゃんが可愛くて、少し意地悪をしていたら突然、肩に重みを感じて、すぐ隣で声がした。




『………ま、マイキー、』

「面白そうな話してんじゃん?オレもまーぜてっ」




ハートが付きそうなほど上がった語尾に嫌な予感がした。しかもマイキーが笑顔なのが余計に怖い。




「で?何の話?」

『な、なんでも、』

「なに?オレには言えないことなわけ?」




スっと笑って閉じていた瞼が開かれ視線が交わった。そのマイキーの瞳からは光が失われ、口元だけが持ち上がって、目元と口元の感情がバラバラでそれが更に恐怖を煽る。



『あの、マイキー、これは、』

「名前は経験が豊富みたいだから、色々教えてもらおっかなぁ」

『きっ、こえてんじゃん!?』

「じゃ、そこの人が居ない茂みの中に行こっか」

『待ってマイキー!?私、そんな趣味無いから!』




ズルズルと無理矢理腕を引かれてマイキーに引き摺られる。身の危険を感じてエマちゃんに手を伸ばすけど、同情の目を向けられて背を向けられてしまった。そういう所はやっぱりマイキーの妹だ。



∵∵



『早く夏休みにならないかなぁ…』

「そういや、8月に祭りあるよな」

『マイキーいつでも甚平だからお祭り行く必要無さそう』




じんわりと汗をかきながら歩きながら携帯を開くと、日付は7月6日だった。明日は七夕だ。




「こんな所に居たのか」

「ケンチンじゃん。どったの?」

「なんかキヨマサが喧嘩賭博やってんだってよ」

「あ?喧嘩賭博?」

『……喧嘩、賭博?』




聞き覚えのある言葉に足を止めると、マイキーが振り返ったのが分かった。



「名前?」

『……それ、私もついて行ってもいい?』




私が呑気に過ごしている間に原作が始まってしまっていた。もう彼はタイムリープをしている筈だ。冷や汗が流れるのをそのままに先を行くマイキーとドラケンの後を追った。




「タケミっち今日からオレのダチ!なっ!」




ここに来るなり私は目と耳を塞いで、五感をシャットダウンした。だってドラケン躊躇いなく蹴るんだもん。みんながぞろぞろと去っていく中、閉じていた瞼を持ち上げて、耳に当てていた両手を外すと、驚いた様に目を丸めている彼と視線が交わった。




「……名前ちゃん?」

『…久しぶりだね、タケミチ君』




良かった。私の事、覚えてくれていた。傷だらけの彼の前に移動して右手を伸ばし、立たせる。





「どうして、名前ちゃんがここに…、」

『少し、話さない?』




マイキーとドラケンはこの後、バイクで流しに行くと言っていた。私が居なくても気付かないはずだ。




「…あの、名前、ちゃん?」

『ごめんね、タケミチ君』

「…え?」





適当に歩いて、不思議そうに私を呼んだタケミチ君の方へと振り返って苦笑を浮かべる。





『…私、全部知ってるんだ』

「知ってる…?」

『タケミチ君がタイムリープしてる事も、大切な子を失ってる事も、…その未来を変えたくて、今のここにいる事も』






私の言葉にタケミチ君は目を見開いて固まっていた。タイムリープの事を知っているのがこの世界にも居るなんて思って無かっただろうから。




「な、なら!名前ちゃんも!」

『……ごめんね、私は手伝えない』

「っ、なんで…!」

『少し違うけど、私もこの世界の人間じゃないんだ』




私の言葉にタケミチ君は首を傾げた。当たり前だ。突然こんな事言われたって受け入れられるわけが無い。




『…多分、私はもうすぐ消える。だから、君の手伝いは出来ない』

「消えるって…、どこに、」

『元の世界に戻るんだと思う。最近、私の家族も、私の事忘れることが増えてるの』




この間なんて、家に入ろうとしたら「どちら様?」なんて言われてしまった。すぐに記憶は戻ったみたいだけど、クラスのみんなも私を忘れてしまってるみたい。
きっともうすぐ私の存在は完全に無くなるんだ。




『………タケミチ君、あのね、』

「あー!居た!勝手に居なくなんなよ」

『…マイキー、』




後ろからマイキーの声がして振り返ると、少し怒ったように頬に空気で膨らませ、ズンズンと足音を鳴らして私の前に来ると足を止めた。




「何でタケミっちと居んだよ。この後デートの筈だろ!」

『……そんな話した覚えないけど』

「今決めた!」





ハムスターの様な頬のマイキーに、少し呆れながら笑うと、手のひらが掴まれて腕が引かれる。



『……またね、タケミチ君』




首だけ振り返ってそう言ってマイキーの後を追う。この温もりを離したくないなぁ。ずっとこの人と一緒に居たいなぁ。




『………マイキー、』

「なに?」

『……私、たい焼き食べたい』

「ならあの店行こうぜ!」





叶うなら、どうか貴方だけは私の事を忘れないで欲しい。




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