鏡の君は昨日の亡霊
『もう私達も3年生かぁ…。感慨深いねぇ』
「年寄りくせぇな」
ドラケンと学校までの道のりを歩いていると、桜の花びらが散っていて顔を上げる。
『クラスどうなってるのかな。マイキーと別だったら良いなぁ』
「それマイキーには絶対言うなよ」
『だってマイキーと同じクラスだと永遠と話しかけてくるんだよ?周りの人達はマイキーが怖くて何も言わないけど居た堪れないよ』
「名前って勉強好きだよな」
『好きなわけじゃないよ。でも少し楽しいな、とは思う』
現役の時は勉強なんで全く好きじゃなかったのに、もう一度中学生が出来るってなると、少し楽しかった。みんなよりスラスラ解けるし、先生は褒めてくれるし。
「おい、どこ行くんだよ」
『え?学校…』
「マイキー起こしに行くぞ」
『……………』
「何だよその顔」
『マイキーのお守りはドラケンの役目だと思う』
マイキーも中学生3年生なんだから自分で起きて欲しい。もう15歳なんだから。喧嘩ばっかり強くなって、朝には弱すぎる。
∵∵
『……マイキー』
「………」
『…マイキー』
「……………」
『マイキー』
「…………………」
『やめい!!私の頬は食べ物じゃない!』
学校が終わり、マイキーの部屋に着き、私が床に腰を下ろすなり何故か私の後ろに座り、突然私の頬を食べ始めた。歯は立てられてないけど、無言で数分間繰り返されると狂気的だ。
『うわっ!ヨダレでベトベト!』
「えー…、もう終わりぃ?」
いい加減に我慢出来なくなって立ち上がり、頬を拭うとマイキーのヨダレがべったりくっついてた。何故マイキーが残念そうにしているのかが分からない。
『突然なに?私の頬になんの恨みがあるの?』
「なんか名前って食えそうだよなって思って」
『思ったよりも怖い理由だった!』
いずれ私は知らない内にマイキーに食べられてしまうんじゃないか。確かにマイキーなら笑顔で人も食べそうだ。
『意外だった』
「え?何が?」
『マイキーはもっと冷めてるのかと思ってたから』
私の中でのマイキーのイメージは1に喧嘩、2に喧嘩、3に喧嘩で、4に喧嘩のイメージだったから。もし恋人が出来ても放ったらかしかと思っていた。
「あー、まぁ、間違いでは無ぇよ」
『……食べようとしていた人間が何言ってるの』
「女と一緒に居るより東卍のみんなと居た方が楽しいし、女なんて面倒くせぇと思ってたし、今も思ってる」
『え、なに?私に喧嘩売ってるの?』
「違ぇよ」
右手を振りかぶる私にマイキーはケタケタと笑って、ふと優しい表情に変わるから、一瞬息が詰まった。
「名前だけは特別。オレがこんなに気を許してんの名前だけだし、名前だけは絶対に手放したく無ぇの」
『……………ドラケンとかにも、気は許してるでしょ』
「え。ケンチンにヤキモチ?可愛いー!エッチしたい!」
『最後ので全部台無しだよ。それにヤキモチじゃないから』
両腕を広げるマイキーを無視して携帯を取り出して弄ると、それが取り上げられて、気付いた時には唇が重なっていた。
∵∵
『…遅くなっちゃったなぁ』
マイキーの家から帰る途中に空を見上げると暗くなっていた。どうやらマイキーは急ぎで呼び出しを食らったらしい。多分また喧嘩だ。
『……コンビニでアイス買って帰ろ』
そう思い立って家の近くのコンビニに入ろうと信号を渡った時、金色の髪とすれ違って、体が無意識に跳ねて振り返る。
「そしたら山岸がさぁ!」
「うわぁ!アッくんひでぇ!」
見覚えのある5人だった。その中でも一際私の目を引いたのは、このお話の主人公である、花垣武道だった。
『っちょっと待って!』
「うぇっ!?…誰ぇ!?」
『少し、話したいんだけど』
「……えぇ!?タケミチにナンパ!?」
思わず彼の腕を掴みそう言っていた。信号が点滅し、半分無意識に彼の腕を引いて、4人とは逆方向に歩き出す。
「えっと…、お姉さん誰?どっかで会ったことある?」
『………花垣武道君で、合ってる?』
「そうだけど…、もしかしてオレのファン!?」
この感じ、まだタイムリープはしていない様だ。中学生らしく、正しく有頂天、って感じで喜んでいる彼を見ると。そもそもタイムリープっていつからだっけ。あぁクソ。こんなことならちゃんと読んでおけば良かった。
「お姉さんオレのファンなの!?サインしようか!?」
『……私の名前は苗字名前』
「名前ちゃん?オレの事はタケミチでいいよ!」
『……タケミチ君、』
浮かれたように自分の頭の後ろに回したタケミチ君の右手と左手を取って両手で包み込む。するとタケミチ君はどこか慌てた様に顔を赤らめた。
『……タケミチ君、』
「え、あ、な、なに?」
『…………タケミチ君、』
「……名前ちゃん?」
どうか、みんなを救って欲しい。全てを覚えているわけじゃない。けど、これから先、この子は色んなものを背負う事になる。大切な人を救う為にタイムリープを繰り返す。
『……ごめんね、タケミチ君、』
そんな君に、重荷をかけてしまう。どうかお願いだから、あの人を救って欲しい。私の覚えている限りでは、彼はこのままじゃ独りになってしまう。独りだけ幸せになれなくなってしまう。
『……お願いタケミチ君、…どうか、マイキーを助けて、』
「……は?」
そう言ってタケミチ君の瞳を見た瞬間、まるで自分の体が消えてしまう気がして、急いで手を離して駆け出す。
『はぁっ、っ、はぁッ、』
走って、走って走って、やっと自分の家について急いで洗面所の鏡を覗き込むと、自分の顔や体が透けていた。
「だっ、誰っ!?」
『……え、』
洗面台に現れた母は私を見るなり顔を青ざめさせ、慌てた様に声を荒らげた。突然の事に目を見開くと、フッと体に重さが戻って来た気がして手を見ると、透けておらず、いつも通りだった。
「……………あら、私ってば洗い物をする筈だったのに。名前もお風呂入るなら入っちゃってね」
『……え、…あ、…うん、』
さっきまで私を泥棒の様に見ていたのに、コロッと元に戻った母は洗面所から出て行った。もう一度鏡を見ても、幽霊の様に透けている事は無かった。
『……やっぱり駄目だよマイキー、』
どれだけ私がこの世界に留まりたいと願っても、どうやらこの世界は私を早くこの世界から追い出したいみたい。