嘘はいま太腿を這う
『…………』
ふたりで無言のまま日付が変わった夜をバイクで走り抜ける。雰囲気に飲まれたとはいえ、キスをしてしまったのは良くなかった。あれは違う。雰囲気に飲まれただけだ。本当に、それだけだ。
「……名前」
『え、あ、なに?』
「………今日、エマ居ねぇんだけど」
マイキーの言葉の意味がすぐには分からなかったけど、次第に言葉を噛み砕いて、マイキーが信号で止まった時にやっと理解出来た。
『…え、…あの、』
「……嫌なら家まで送る」
『…………』
「…次の信号で止まるまでに考えといて」
そう言ってマイキーは青になった信号を真っ直ぐに進んだ。次の信号なんてすぐじゃん。頼むから信号よ、青でいてくれ。…いや、それはそれでマイキーの家に辿り着いてしまう。どうしたらいいんだ。
「………」
『……え、マイキー?』
バイクはマイキー家には行かず、私の家の近くのコンビニで止まった。止まったバイクに首を傾げると、マイキーが振り返って口を開いた。
「………断んねぇなら、オレん家行くけど」
『………』
マイキーらしくない真剣な声にグッと奥歯を噛む。なんで私に選択肢を投げるの。いつものマイキーなら我儘言って直行するくせに。なんでよ。
「……そんな顔されたら、帰したく無ぇんだけど」
いつもより硬い声で言ったマイキーは前に向き変えると、静かに言葉を発した。
「…いいのかよ」
前を向いてるマイキーには、頷いたとしても気づいてもらえない。本当に狡い。意地でも私に言わせようとするのか。
『…………』
恥ずかしさで顔から煙が出るんじゃないかってくらい熱くなった。体は中学生でも、中身はいい歳の大人だ。経験だってあるし、恋愛に溺れるタイプじゃないのに。
『……マイキー、』
小さく名前を呼んでお腹に腕を回すと、マイキーの体が少しだけ揺れた気がした。恥ずかしさで死にそうだ。何これ。こんなの経験ない。
「………ばーか、」
マイキーはそう言うと1度私の手に触れて、バイクを走らせた。前まで深く関わらないみたいな事を言っていたのに。これじゃあまるで、マイキーに惚れてるみたいじゃないか。
∵∵
「……」
『………』
マイキーの家に着いて、誰も居ないのに静かに敷地内を進んでマイキーの部屋に辿り着く。
『……あの、マイキー、』
マイキーの部屋に着いて口を開いた瞬間、唇が合わさって扉に背中を預ける。
『ッ、』
マイキーの舌が私の唇をなぞって、自分で口を開けろと言わんばかりの動きに思わずマイキーの服を掴む。
「名前…、」
唇が離れて、マイキーの真剣な瞳と目が合って思考が鈍る。彼の手が私の顎に触れて、親指が私の唇を撫でる。
「…名前、」
どこまでも意地悪だ。今も私に選ばせようとしてる。自分を求める様に私を追い詰める。駄目だこれ以上は。進んだらきっと、戻れなくなる。私はいつか帰らないといけないのに。なのに、
「……名前、」
マイキーの瞳の奥で揺れる熱が移ってしまったのか、私も熱に浮かされたように唇が勝手に開く。そんな私を見てマイキーは小さく笑うと、ゆっくりと唇を重ねた。
『んッ、ぁ、』
気付いていなかっただけで、私は深い沼にハマってしまっていた。もう戻れないほど深く。
『…まいき、』
唇が離れると、首筋を伝って、マイキーの唇が耳朶に触れる。そのままなぞるように耳の縁を上がって、まるで麻薬の様な甘い声で言葉を紡いだ。
「…オレと付き合って」
『マイキー、』
「オレとずっと一緒に居てくれ、」
『ぁ、まいき、』
「オレの隣にずっと居てくれ、」
マイキーの右手がそっと太腿に触れて上へとあがる。首筋に熱い舌が触れて、甘く吸われて小さな痛みが何度か走る。
「…居なくならないで、」
掠れた声がして、気付いたら私は頷いていた。私が消えない確証なんてどこにも無いのに。私が居たいと思っても居られるかなんて分からないのに。
『ずっと、一緒に居たい、』
マイキーはまるで麻薬だ。勝手に口が開いて言葉を吐いてしまう。隠さないといけないのに。言ってはいけないのに。
「……一緒に居よう、」
なのにマイキーがあまりにも嬉しそうに笑うから。マイキーが悪いんだ。私はずっと我慢してたのに、マイキーがそれを壊すからいけないんだ。
『…万次郎、』
初めて呼んだ彼の名前は胸の中にストンと落ちて、まるでその感覚が高いビルから落ちた様な感覚がしてもう戻れない気がした。