背中に映った夜の皺
『………ん、』
あまりの寒さに身震いしながら目を覚ますと、携帯が着信を告げた。寝ぼけながら電話に出ると相手はマイキーだった。
『……マイキー?』
「あれ。寝てた?寝ぼけてる声可愛い」
『……………………』
「名前って照れると黙るよな」
『………………何の用デスカ』
機会混じりにマイキーの笑い声が聞こえて一瞬、電話を切ってやろうかと思ったけど、マイキーの機嫌がいいのが気になって我慢した。
「今日、21時に迎えに行くから」
『……今日?』
「は?忘れてんの?」
『…何だっけ、』
「24日なんだけど。今日」
ボーッと壁を眺め、回らない頭で整理する。そういえばテレビがクリスマスだと騒いでいた気がする。
『……会うの、明日じゃなかったっけ?』
「今日と明日」
『…初めて聞いた』
「見せたいもんがあんだよ」
別段用事が無いからいいんだけど。寝起きの掠れる声で返事をするとマイキーは嬉しそうに笑った気がした。
「じゃ、また後でな」
『…うん、』
電話を切って布団に潜り込んだけど、マイキーの優しい声が離れなくて眠る事が出来なかった。
∵∵
「おっ、ちゃんと来たな」
『ドタキャンした事無いんだけど』
「はいこれ。名前の」
手渡されたヘルメットを受け取り、マイキーを見上げると、彼は優しく微笑んでいた。
『わざわざ買ってくれたの?』
「え?うん。名前がいつでも乗れるように、特別」
マイキーは私の腕にあったヘルメットを取ると私に被せて顎紐を止めてくれた。
『…………』
「照れてんのバレてるから」
『…うっさい』
バイクに跨ると、マイキーの愛車はゆっくりと走り出した。風が冷たいんだろうなって思ってたのに、思ったよりも風が無くて顔を上げるとその理由が分かった。
「寒くねぇ?平気?」
『……うん、平気』
マイキーが前に居てくれるからだ。小さな背中だと思っていたのに、広い背中に胸の辺りが痛みとは違う、嫌じゃない苦しさに見舞われた。
「今日泊まりって言ってあんの?」
『うん。だって夜通しバイク流したりするんじゃないの?』
「……あー、うん、…うん、そう」
歯切れの悪いマイキーに首を傾げながら、バイクに乗りながらでも意外と会話出来るんだな、って知った。マイキーの事だからもっとスピード出すと思ってた。
「少し着くの早かったな」
『ここは?』
「この間見つけたオレのお気に入りの場所」
マイキーが連れて来てくれたのは少し山に入って、東京とは思えない程、自然で溢れた場所だった。
『……東京にこんな場所あったんだ』
「名前、こっち」
マイキーに手を引かれて、後を追うと少ししてマイキーが立ち止まるから、隣に立って顔を上げる。
『…………凄い、』
「綺麗だろ?」
そこからの景色は、東京の建物が遠くに見えて、色とりどりの灯りが綺麗だった。無意識に息を吐くと、白い息が出て目の前で消えた。
「名前、好きそうだなって思って。連れて来たかったんだ」
『……………』
「…名前?」
遠くに見える灯りが突然ぼやけて、瞬きを繰り返すと頬が冷たかった。マイキーを見上げると、驚いた様に目を丸くしたマイキーの表情が薄らと見えた。
「……名前、」
『………ありがとう、マイキー。連れて来てくれて』
「……うん、」
マイキーの右手が私の頬に触れて、親指で涙が拭われる。その手が暖かくて目を細めると、真剣な表情をしたマイキーと視線が交わる。
「…名前、」
引き寄せられる様にゆっくりと唇が合わさった。涙のせいか、マイキーの唇が冷たくて唇を離すと、またすぐに唇が重なる。
『…ま、いき、』
名前を呼ぶと、それを飲みこむようにマイキーの唇が重なって、右手に温もりを感じて瞼を開くと、指が絡まって額が合わさった。
「……オレ、やっぱり名前が好きだ、」
白い息がふたりの間を縫って、それすらも飲み込む様にまた唇が重なった。