胸の中で眠る



『…………』



パチッと目が覚めて首を捻り天井を眺める。知らない天井だ。どこだここ。



『…………』



ふとお腹の辺りに違和感を感じて視線を下に向けると、お腹に片腕が周り、頭の下にも腕があった。何これホラー?



『………ま、いきー』



言葉にもならないほど小さな声で自分の後ろで眠っている男の名前を呼んだけど、思ったより声が小さく、声が枯れてた。彼を起こさないようにベットから抜け出し、自宅へと帰り、学校の準備をする。みんなが起きる前に帰って来れてよかった。




「今日はちゃんと起きれたのね」

『うん』

「昨日帰り遅かったみたいだけど」

『友達と遊んでたら遅くなっちゃった』

「最近は暴走族とかも居て危ないんだから気をつけなさいよ」

『…うん』





その暴走族の総長に昨日襲われてました、とは流石に言えなかった。携帯を取り出してある人にメールを打ち、少し早めに家を出た。


∵∵


「よう、名前」

『おはよう、ドラケン』



メールでお願いした通りドラケンはマイキーを起こしに行かず、早めに学校に来てくれた。この中庭はよくドラケンとマイキーがサボりに使ってるから人は寄り付かない。話をするには絶好の場所だ。ポツンと置かれたベンチに腰を下ろしている私の隣にドラケンも座った。



『早速だけど、ドラケン。昨日マイキーに抱かれたんだけど』

「…………」

『しかも処女相手に5回もヤりやがった。あの男』

「………悪い」

『腰は痛いし、喉はガラガラだし、私もうエマちゃんに合わせる顔がないよ』

「昨日エマは友達の家泊まるっつってたし大丈夫だろ」

『そういう問題じゃねぇんだよ』

「オマエ、マイキーに似てきたな」



ドラケンはマイキーの保護者みたいなものなんだからしっかりして欲しい。あのままじゃ誰彼構わず襲う強姦魔になってしまう。



『聞きたいのはそんな事じゃなくて、』

「なんだよ」

『……最近、マイキーの様子が可笑しい気がする』



前は私の事をただの便利な面白い玩具くらいにか思っていなかったのに、ここ数年は執着心が酷くなってる気がする。私が眉を寄せると、ドラケンはフーっと息を吐いてゆっくりと口を開いた。




「…マイキーに兄貴が居たの、知ってるか」

『まぁ、軽くしか聞いた事無いけど…、』

「………その兄貴が、死んだんだよ」

『……は、』



何だそれ、何だそれ。そんな話、私は知らない。少なくとも私が読んだ話の中にはそんな話は無かったはずだ。それとも、昔過ぎて覚えていないのか。ドラケンは事のあらましを静かに語った。



「その一虎も、今は少年院だ」

『……そんな事、マイキー、一言も、』

「最近あんま話してなかったんだろ。そんでいきなり兄貴が死んだ、なんて言えねぇだろ」




そのお兄さんの事だって、マイキーから聞いたのはたった一度だけ。兄貴が大好きなんだって、ただそれだけ。それも小学生の頃、たった、一度だけ。



「多分、マイキーが踏ん張れてんのはオマエのおかげだ。……ありがとな」

『……何で、私、』

「それくらいマイキーの中で名前は特別なんだろ」



私がマイキーの中で特別?そんなわけない。ランク付けをするなら、東卍のみんなやエマちゃん、喧嘩、バイク、オムライス、たい焼き、どら焼き、最後に私、くらいの位置付けだ。



『マイキーの中で私は、ただのちょっと面白い女くらいでしかないよ』

「名前を大切にしてんだよ、ああ見えても」

『…大切にしてる子を無理矢理抱くか?』

「………それは、まぁ、あれだろ」




冗談では無いが、それはさておき、マイキーは一体何がしたいのだろうか。特に最近は距離を取ってた筈なのに。私はどう頑張ってもこの物語に関わる事は出来ない。いつ消えるのかも分からない。それが分かっているのに、深入りは出来ない。



『……マイキーが、居なくなっても私は変わらないらしいよ』

「あ?」

『………なんか、腹たってきた』




バッと勢いよく立ち上がり、マイキーを思い出して腸が煮えくり返りそうな程、お腹が熱くなった。




『どんな理由があろうと、それで女を抱いていい、なんて事にはならないでしょ』

「お、おい、名前?」

『ちょっと説教してくる!』




走り出そうとした時、ドラケンの携帯が着信を告げ、動きを止めた私の腕をドラケンが掴みながら電話に出る。




「おう三ツ谷か。……………は?」




ドラケンが目を見開いて、少し焦ったように通話を終えると、真剣な表情で立ち上がり私を見下ろした。





「マイキーがひとりで他のふたチーム相手に暴れてるって!」

『……え、』

「流石にマイキーでもふたチーム相手にはキツい!今すぐ行くぞ!」




ドラケンに腕を引かれてマイキーが暴れてるって場所に辿り着く。倉庫にはまるで道のように不良達が気を失って倒れていた。それを辿っていくうちに争う声が大きくなる。




「来たかドラケン!」

「三ツ谷か!」




今思ったけど、私来た意味ある?ただの足でまといでは?帰ろうと体の向きを変えた瞬間、一際大きな鈍い音が聞こえて、半分無意識に顔を向けると、いつもと違って髪をおろしている無表情のマイキーが1人の不良の胸倉を掴んでいた。



『……ドラケン、』

「何だよ」

『…私、あれに説教するの?自殺行為じゃない?』




マイキーは目にも止まらない速さでどんどん不良達を倒していく。無表情なのが余計に怖い。しかも返り血すごい。もう本当、色々凄い。



『私帰っていい?良いよね。だって何も出来ないし、役立たずだし』

「あの状態のマイキー放っておくのか」

『え?だって私に何が出来るの?代わりに殴られろって?』



流石にそれは酷過ぎないだろうか。ドラケンはいつからそんな冷徹非道な人間になってしまったの。お母さん悲しい…。



「お、おいっ、流石にヤバくねぇか?」

「あ?」




マイキーは既に気を失ってしまっている人を未だに殴り続けていた。三ツ谷君の焦った声にドラケンまでもが焦りだした。



「マイキー!もうやめろ!そいつ死んじまうって!」

「マイキー!」




2人の声が届いていないのか、マイキーは殴る手を止めない。鈍い音が私の耳に響いて体が震える。だって生まれて数十年間、喧嘩なんて縁が無かったし、ただ普通に平和に暮らしてきた私だ。殴ってる音なんて、聞き慣れてる筈がない。



「マイキーッ!!」




ドラケンの叫びにも反応しないマイキーの手に掴まれている人は顔は真っ赤で、どこが目なのか口なのかも分からなくなっていた。このままじゃ、本当にマイキーが殺してしまう。


マイキーが、人を殺してしまう。





そう思った時には、近くに落ちていた酒瓶を持って、マイキーに投げつけていた。




「はァ!?」

「おまっ、…はァ!?」





三ツ谷君とドラケンは驚いていたけど、マイキーは不良を掴んでいた手を離し、軽く避けるとゆっくりと視線を向けた。





「…………」

『………マイキー、もういいでしょ。十分暴れたでしょ』

「……………」

『これだけ騒いでれば警察が来る。逃げよう』




というか本当は私がここに来る途中に呼んでる。救急車も一緒に。もう時期サイレンが聞こえてくるはずだ。マイキーもここに居たら捕まってしまう。殺人犯に間違われる程の返り血だし。




「……オマエ、よくオレの前に来れたな」

『……は?』

「オレから逃げといて、よく普通の顔して居られるよな」





静かに足音を鳴らして近付くマイキーの言葉に意味が分からず眉を寄せる。だって意味が分からない。別にマイキーから逃げた覚えも無い。




『い゛っ、』

「何しに来たんだよ」





私の前に来たマイキーは力加減無しに手首を掴むから、あまりの痛さに声が漏れた。





「考えなかったのかよ」

『な、にが、』

「逃げて、もう一度オレの前に姿を現したらどんな目に遭うか」

『逃げたって、何の話…、』



喧嘩のし過ぎで頭が可笑しくなってしまったのか。逃げたも何も、昨日も今日の朝も一緒に居た筈だ。私がいつ逃げたというのか。



「オレが二度も逃がす様な優しい男に見えんのか」

『……は?』




そう言って私の顔を覗き込んだマイキーの瞳は、酷く濁っていて、その表情は無表情の筈なのに、何故か苦しそうに見えた。




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