プリーズキスミーイエスタディ



『……げっ、』


中学2年生になってクラス替えが行われ、表を見て私は絶望した。クラスの欄に佐野万次郎と名前があったから。せっかく1年生の時はマイキーが居なくて平和だったのに。



「今げっ、って聞こえたんだけど」

『…今日は起きれたんだね。おはよう、マイキー』

「起こしに来いって言ってんだろ」

『ドラケンが行ってるんだから良いでしょ』

「で?げってどういう事?」




話を逸らせたと思ったのに駄目だったみたいだ。マイキーの私離れ計画が水の泡だ。最近は東卍の集まりが沢山あって会うことも減ってたのに。



「まぁオレがセンセーに言ったからな。名前と同じクラスじゃねぇと暴れるって」

『もはや脅迫だよ』



そりゃ先生も従わざるおえない。マイキーは知らないだろうけど、先生達の間で佐野万次郎の取り扱い説明書が作られてるんだよ。しかもその殆どが私を呼べばいいって書いてあるんだって。何それ。




「あと、最近集会来なさすぎ」

『私メンバーじゃないんだけど』

「オレが呼んだんだから来いよ」




これまた凄い俺様な事で。暴走族の世界は強ければ良いんだろうけど、生憎普通の中学生の世界でそれが許されるのは彼氏のみだ。ちなみに私は彼氏でも許さない。



「名前が付き合い悪いからオレ寂しいなぁ」

『思ってもないくせに』

「思ってる思ってる」



2回繰り返した時点で真実味は薄れている。残念ながら同じクラスになってしまったマイキーと廊下を歩いていると、自然と人が避けて道が開くから居心地が悪い。



『マイキーもそろそろ私離れしなよ』

「は?何それ」

『彼女でも作ったらって話。そしたら私を集会に連れて行く事も無くなるでしょ』

「彼女とか面倒臭そう」



確かにマイキーは彼女を普通に放置しそうだ。万が一にも彼女がマイキーの気に触る事を言ったら躊躇い無く、死にてぇの?とか、どうやって死にてぇ?とか言いそう。



「手っ取り早く名前がエロい事させてくれれば良いんだけどなぁ」

『私は風俗嬢か?…それに、私相手じゃマイキーだってその気になら無いでしょ』

「あー、…………あ?」

『……マイキー?どうしたの?急に立ち止まって』



教室を目指して歩いていたのに突然マイキーが足を止めるから、何となく私も歩みを止めて振り返るとマイキーが驚いた様に私を見ていた。



『…なに?変顔?』

「…………あー、…うん?……うん、……うん?」

『……先に行くからね』




言葉を話してくれなくなったマイキーに眉を寄せながら気に教室に辿り着いて新しい席に着く。すると去年も同じクラスだった海山君が前に座っていた。



「あ、苗字もこのクラスだったんだ」

『うん。またよろしくね』

「よろしく」



チャイムが鳴って先生が入って来たのと当時にマイキーが教室に現れて、荒々しく席に腰を下ろすと項垂れる様に肘を付いて俯いてしまった。まぁ、私には関係無いか、なんて思いながら視線を前に向けた。


∵∵



「最近マイキーと話したか?」

『あ、三ツ谷君。こんにちは。元気?珍しいね、この辺にいるの』

「元気だけど。それで、マイキーと話したか?」



学校からの帰りにバイクで現れたのは三ツ谷君だった。彼は元の世界での私の友人の推しだった。だから出会った時もちゃんと覚えていた。私も面倒見が良くて兄貴体質の三ツ谷君が大好きだ。



『みんな当たり前のように無免許、ノーヘルでバイク乗るじゃん』

「おい。オレの質問はどこ行った」

『マイキーもさ少し前に、後ろ乗る?とか言ってたんだけど、無免許だしノーヘルだから怖いって言って断ったんだぁ』

「そんな話聞いてねぇよ」

『マイキーとならここ数ヶ月は話してないよ』

「聞いてんじゃねぇか」



三ツ谷君は優しく私の額辺りを小突くと、深く溜息を吐いた。どうして溜息を吐かれないといけないのか私には皆目見当もつかなかった。



「最近、マイキーの様子が可笑しいんだよ」

『いつもじゃない?』

「……オマエ、よくマイキーに殺されないな」



流石の私もマイキーの前ではこんな事言わない。…多分、言ってない。三ツ谷君はバイクから降り、手で押すから自然と私と横並びで歩き出す。




『三ツ谷君は誰に用事だったの?』

「名前」

『え、私?なに?』

「マイキーの様子が可笑しいからオマエのせいかと思って」

『そういうのは母であるドラケンに聞いてよ』

「ドラケンは親じゃねぇだろ」



どうやら今日も集会があるらしい。忙しいだろうに私に話しに来てくれたそうだ。やっぱり彼は面倒見が良い。



「とにかく今から集会あるから名前も来いよ」

『え。嫌だよ』

「は?何でだよ」

『東卍の人数増えて知らない人多いし、怖いから』

「その総長に軽口聞けんのに、今更かよ…」

『マイキーはマイキーだから』

「…は?」



三ツ谷君は不思議そうに首を傾げていた。その表情は中学生らしい子供っぽさを含んでいた。やっぱり喧嘩しても、暴走族をやっていてもみんな、中学生なのだ。



『マイキーはマイキーだよ。私が友達になったのはマイキーだから。暴走族とか、総長とか、そんなのじゃない、ただのマイキー』

「……ふーん。意味分かんねぇ」

『三ツ谷君も歳を取れば分かるよ』

「はァ?同い年だろ。ババくせぇな」



実際には一回りくらい近く違うけど。可笑しそうに笑った三ツ谷君が可愛くて頭を撫でようとしたら手を跳ね退けられてしまった。地味に痛かった…。



「よく分かんねぇけど、マイキーと仲直りしろよ」

『喧嘩した覚えが無いのに仲直りは難しいなぁ』

「今から集会あるから参加しろ」

『怖いから嫌』

「ほら、ヘルメット貸すから」

『要らないよ、乗らないよ』

「遅刻したら余計にマイキーの機嫌悪くなんだろ」



自分は慣れたようにバイクに跨り、当たり前のようにノーヘルの三ツ谷君は早くしろと目で訴え、私を睨んだ。



『……死んだら恨んでやる』

「そんな荒い運転しねぇよ。オマエが乗ってんのに」

『私が乗ってなかったら荒いんだね…』




結果的に言うと、バイクの後ろは最高だった。最初はめちゃくちゃ怖かったけど、三ツ谷君の運転は本当に荒く無く、夜風が気持ちいいくらいだった。



「三ツ谷遅せぇぞ。……おい、それ、」

『それって言い方は酷くないかな?ドラケン』



集会がある神社に辿り着いて三ツ谷君はバイクを停めた。せっかく来てあげたのにドラケンは顔を少し青くし、私を信じられないものを見るような目で見た。失礼だな。



「お、おい、早く降りろって!マイキーが来るぞ!」

「マジかよ!早く降りろ名前!ヘルメット外すぞ!」

『いだだっ!痛いよ三ツ谷君!ヘルメットの顎紐まだ取ってないのに引っ張らないで!』



とんだ拷問だ。顎紐がギチギチと喉に引っかかる。来てやったのに酷い仕打ちだ。こんなだったら来なければよかった。なんて後悔をしていると、まるで地響きが起きたと錯覚する程の低い声が聞こえて体が固まる。



「…何やってんの」

「ま、マイキー…、」

「ち、違ぇんだよマイキー、これは、」

「……それ、名前だろ」



何故か焦った様な声を出しているドラケンと三ツ谷君につられて私まで意味も無く焦ってしまう。三ツ谷君の手が止まった今がチャンスだと急いでヘルメットを取る。





『しっ、死ぬかと思った…!三ツ谷君酷過ぎない!?私まだ顎紐取ってなかったんだよ!?』

「馬鹿ッ!今は黙ってろ!」

『黙ってろ…!?三ツ谷君が悪いのに!?』



この数分で三ツ谷君の株はだだ下がりだ。酷い事をしたのは三ツ谷君なのにどうして私が怒られないといけないんだ。それに馬鹿じゃない。クラスで1位だぞ。……ズルだけど。



「…何で名前が集会に来てるわけ?オレ呼んでねぇけど」

『呼んでないって、三ツ谷君。何で私の事連れて来たの?』

「マジで本当に頼むから黙ってくれ」




ついにドラケンにまで言われてしまった。というか何でマイキーはこんなに機嫌が悪いんだ。お子様ランチに旗でも刺さって無かった?




「何で三ツ谷のバイクに名前が乗ってんだよ」

『歩きで来るのには距離が遠くて』

「黙れオマエ!頼むから!」

「オレ達はまだ死にたくねぇんだよ!」

『マイキーこそ何でそんなに機嫌悪いわけ?急に来た私が悪いけど、機嫌悪くなるなら一言帰れって言えばいいじゃん』

「…………」



未だにバイクに跨っている私はもう一度ヘルメットをして三ツ谷君の服の袖を掴んで乗るように促す。歩いて帰るには遠いんだよね。連れて来たんだからちゃんと送って欲しい。




『帰るから三ツ谷君、送って』

「……一生恨むからなオマエ」





三ツ谷君は顔を青くして俯きながらそう言った。それは私のセリフだよ。意味無くマイキーに怒られたじゃん。




「…名前」

『な、』





何?って言いたかったのに気付いた時にはマイキーの手のひらが私の脇下に入れられて地面に下ろされていた。驚く程重くは無いだろうけど、決して軽くないのに。マイキーの腕力は化け物並だという事を知った。




「…オレが送るから」

『だってマイキーが帰れって言った』

「帰れとは言ってないだろ」

『嫌そうじゃん。私だって喜んで来たわけじゃないし、別に帰るよ』

「送るから。集会終わるの待ってろ」



それだけ言うとマイキーは行ってしまった。私が首を傾げると、ドラケンと三ツ谷君がまるで親の仇の様に私を睨んでからマイキーの後を追って行った。だからどうして私が睨まれるの。



∵∵



「帰るぞ、名前」

『え、マイキーのバイク乗るの…?』



集会が終わり、みんながぞろぞろと帰る中、思わず心の声が漏れるとドラケンに頭を叩かれた。今日はみんな私の扱いが酷い。こんな事エマちゃんにはしないくせに。




「……オレの後ろ乗るの嫌なわけ?」

『マイキーの運転怖そう』

「…………」

「名前もマイキーの後ろ乗りてぇんだけど恥ずかしくて言えなかったんだってよ!」

『そんな事言ってないけど私。勝手な事言わないでよドラケン』

「言ってただろ!」

『言ってないよ。私、そんな命知らずじゃない』

「空気を読めよ!」

『何の空気?』




ドラケンのよく分からない言葉に眉を寄せながら、マイキーが持ってきたバイクを見て首を傾げる。





『マイキー、バイク変えたんだね』

「…………そう。オレの愛車」

『へぇー。かっこいいね。マイキーにピッタリ』



思った事を口にすると、マイキーは少しだけ目を見開いて、小さく笑った。私だって褒めるとは褒める。そんなに驚かないで欲しい。



「つーわけで、マイキーに送って貰え」

『それとこれとは別じゃない?』

「マイキーの愛車の後ろに乗れるなんてそうそう無ぇぞ」

『みんな死ぬから?』

「オレ、オマエのそういう命知らずな所尊敬するわ」





思って無そうにそう言ったドラケンはマイキーの前に私の背中を押して、何処かに行ってしまった。三ツ谷君も帰ったみたいだし、ここは腹を括ってマイキーのバイクに乗るしかない。




『……安全運転でお願いします』

「………」





ジッとバイクに跨って私を見下ろすマイキーの表情は未だに無表情だ。私が両手を差し出すと、マイキーは怪訝そうに眉寄せた。



「なに」

『ヘルメット、欲しい』

「…………」



無言でヘルメットを渡され、覚悟を決めて頭に被り後ろに跨る。三ツ谷君の時の様に服を掴んで待っていてもマイキーが走り出す事が無く顔を覗き込む。





『マイキー?帰らないの?』

「……オマエ、落ちる気かよ」

『え、』




マイキーに両手を掴まれてお腹に回されたせいでヘルメットが軽くマイキーの背中にぶつかった。私がマイキーのお腹の前で両手を組むと、バイクはゆっくりと走り出した。





『今日思ったんだけど、バイクって結構良いね!』

「………」

『冬は大変だろうけど、夏は涼しい!』





風の音と私がヘルメットをしているせいで聞こえていないのかマイキーは無言だった。すると少しして私の家への分かれ道に差し掛かり顔を横に向けると、マイキーは何故か曲がるべき道を直進してしまった。




『マイキー!今のところ右だよ!』

「…………」

『そっち遠回りだよ!マイキー!?』





軽く服を引っ張っても聞こうとしないマイキーに、諦めて深く息を吐いて風景に目を向ける。最近のマイキーはどこか可笑しい気がする。何が、と言われたら分からないけど、何かが可笑しい。




『……あれ、ここマイキーの家じゃ、』




辿り着いたのはマイキーの家だった。バイクが停められても私が降りずにいると、マイキーは私のヘルメットを外して私の手首を掴んで家の中へと進んだ。





『マイキー、もう夜だから帰らないと、』

「…………」

『……マイキー?』




部屋に入るなりマイキーは私を扉に押し付けて、私を睨んだ。マイキーを怒らせた覚えといえば、集会に勝手に行ったことくらいだ。でもマイキーはそれくらいじゃここまで怒らない筈なのに。




『マイキー?どうしたの?』

「……何で三ツ谷のバイクに乗ってた」

『…え?…だから家が遠いから、』

「何かあったらオレを呼ぶって言ったよな」





そんな話もしたような、してないような。以前よりも少し伸びた前髪のせいで俯いたマイキーの表情は見えなかった。




『マイキー、明日も学校あるし、私帰るよ』

「………何で、」

『いや、だから学校が、』




もう一度言う為に口を開いた瞬間、何故かマイキーの顔がすぐ近くにあって、唇には柔らかいものが触れていた。私が目を見開くと、マイキーの黒い瞳と視線が交わった。





『…ま、いきー、』






触れた唇はすぐに離れたと思ったらまたくっついて、啄む様なキスに変わる。私も焦ってマイキーの胸元に手を当てて距離を取ろうとするけど、彼の体はビクともしなかった。




『まい、き、』





殴ってでも止めようも右手を振りかぶってマイキーの顔に向けて放つけど、その手が掴まれて扉に押し付けられる。キスが深くなってマイキーの舌が私の唇をなぞって侵入する。





『だ、めだっ、てっ、まい、き、』






段々と苦しくなる呼吸の中で必死に抵抗しながらも溢れそうになる唾液を飲み込む。どれくらい経ったか分からなくなった頃、私の体は突然、浮遊感に襲われ気付いた時にはベットの上にいた。






『ま、マイキー、駄目だって、これ以上は、』

「……いつになったらオマエはオレを見るんだよ」

『……え、』




マイキーの言っている言葉の意味が分からず顔を上げると、また唇が重なって舌が絡め取られる。薄らと見えたマイキーの顔は酷く苦しそうだった。




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