いつか会いたいときに会えるといい
「名前は高専を卒業したらどうする?」
『…え?』
高専で苦楽を共にしている同期の男からそう言われ、俺は口に運んでいたカツを皿の上に落としてしまった。
「このまま呪術師続けるのか?」
『…あー、特に考えてなかったなぁ』
「オマエ、反転術式使えるし、重宝されんじゃねぇの」
呪術師を続けるか、実家に戻るか。この二択だ。俺が普通の、世間一般のサラリーマンになれることはまず無い。なろうと思えばなれるが、それは家と縁を切ることになる。苗字家は代々、呪術界に関わる家系だから。
『どうすっかなー…』
「まぁ卒業まで半年はあるし、考えてみれば?」
『…おう』
高専内で最高学年になって約4ヶ月。外は蝉がひっきりなしに鳴いていた。今年の夏休みは実家に帰って人生の先輩達に教えを乞うのもありかもしれない。
∵∵
「戻ってくりゃじゃん」
『…簡単に言わないでください、坊』
「名前こそ、何をそんなに考えてんだよ」
夏休みに実家に帰ると、玄関には何故か坊が待ち構えており、俺は家族や五条家の方々に挨拶もせずに坊の部屋へと連行された。
「何が嫌なんだよ?」
『嫌というか……。というか坊、声変わりしたんですね。おめでとうございます。お赤飯炊きますか?』
「要らねぇし、どうでもいいだろ」
去年会った時にはまだ可愛らしい高い声だった気がする。今の坊は完全に男の子って感じだ。俺が今年19歳という事は坊は15歳。声変わりだってするし、体付きだって男性に近付くのも当たり前だ。
『けど、まだ私の方が背は高いですね』
「ほんの少しの差で調子乗んなよ。すぐにこすから」
この調子だと本当にこされてしまいそうだ。足もデカいから身長もまだ伸びるだろう。坊の成長に涙が出てしまいそうだ。
「俺の事はいいんだよ。で?卒業後どうすんの?」
『このまま呪術師もありかな、とは思ってます。人に反転術式使えるから重宝されるらしいですよ、私』
「俺だってすぐに出来るようになる」
『坊には難しいんじゃないですか?…自分に反転術式かけるのは出来そうですけど』
「はァ?何で?」
『……………思いやりが足りないから?』
「殴るぞ」
坊は右手で握り拳を付けると青筋を浮かべた。ちょっとした冗談だったのに。
「五条家に仕えればいいんじゃね。元々、苗字家は五条家に仕える家系じゃん」
『そうなんですけど…』
「しかも次期当主の俺のお世話係なんて安定だし」
『でも坊はもう、お世話係なんて必要な歳じゃないじゃないですか』
「じゃああれ、召使い的な」
『召使い……』
突然の降格宣言に項垂れることしか出来なかった。すると坊は何でもない様に口を開いた。
「何でもいい。名前が俺のそばに居んなら」
『坊……』
その言葉に坊は意外と寂しがり屋なんだなぁ、なんて思えて可愛く見えた。俺が高専に通い始めて慣れたのかと思ったら、どうやらまだ寂しいらしい。入寮しないで、と言っていた頃が懐かしい…。
『私は坊のそばに居ますよ!!』
「……絶対ぇ、勘違いしてんだろオマエ」
『お兄ちゃん、もしくは兄ちゃんって呼んでもいいですよ!兄さんも可です!』
「呼ばねぇ。馬鹿か」
ある意味逞しくなった坊が可愛くて、頭をわしゃわしゃと撫でる。いつも変わらない触り心地だ。
『坊は高校どうするんですか?』
「高専しかねぇだろ」
『坊が産まれるのが1年早ければ高専で会えたんですけどね』
「名前が遅く産まれれば良かったんじゃね」
『そしたら私は先輩でしたね』
坊の先輩かぁ…。坊より強い自分なんて想像出来ないな。入学早々に立場は逆転して、坊のが上になりそうだ。…今と同じか。
『高専の制服、カスタム出来ますよ。今から考えておいた方が良いですよ』
「名前の貰うからいい」
『……初耳なんですが』
「今言ったから」
『あげるのは構いませんけど…、私の制服のカスタム見てから決めた方がいいですよ』
カスタムっていうほどいじって無いけど。俺が着ていた制服は一般的な…、まず高専の制服が一般的じゃないからあれだけど…。
『1回着てから決めましょう。背丈とか肩幅とかの関係もあるし…』
「今持ってねぇの?」
『あります、けど…、』
「なら今着る」
坊は自分が決めたら曲げない事を知っている俺は小さく溜息を吐いて、自分の荷物から制服を取り出して坊に渡す。
「……なんかきついんだけど」
『坊の方が…、肩幅がデカい…?』
「あー、俺最近鍛えてる」
『……………』
俺も筋トレ頑張ろ…。しかも身長もまだ俺の方が高いけど、本当に少しの違いだ。もしかしたら坊が入学する時には俺の方が低いかも…。
「名前の制服キツイから、やっぱ自分の頼む」
『…そうですか』
「これと同じやつ」
『…カスタムっていっても、私のはズボンくらいですよ』
自分の制服なのに適当に決める坊に少し呆れながらも、高校生になる坊を想像して小さく笑う。
『友達、できるといいですね』
「要らねぇ」
『友達が居た方が楽しいです』
ジッと俺を見る坊に首を傾げると、坊は肩に片手を置いて力を掛ける。突然なんだ、と思いながら腹に力を入れて耐えるも、すぐに後ろに倒れ込む。
『坊、何ですか?』
「オマエ、友達居んの」
『そりゃ居ますよ。私をなんだと思ってるんですか?』
「……………」
坊は実に不快だ、と言わんばかりの顔をすると、俺の胸板の上に右手を置き、俺の腰辺りで馬乗りになった。
『坊…?』
「名前の一番は俺だろ」
『え?』
「俺の為に生きて、俺の為に死ぬ。俺に何かあったらオマエは間違いなく首が飛ぶ」
『え、まぁ、…はい、』
「自分の家族よりも、友達なんかよりも俺を優先しろ。女なんて以ての外だ。俺が一番だ」
あながち間違ってはいないけれど、ジャイアニズムが凄い。俺は坊のお世話係になってから、坊が一番。坊を何よりも大切に扱ってきた。
坊が来いと言えば、学校があろうと任務があろうと、予定があろうと優先してきた。それが俺の仕事だから。
『けど、俺はもうすぐお世話係から外されますよ』
「どうでもいい。世話係じゃなくても俺を優先しろ」
『任務よりも?』
「当たり前だろ」
『でも私は、』
「補助監督になれ」
『……はい?』
「呪術師じゃなくて補助監督。そうすれば俺と居られるだろ」
もし仮に補助監督になったとしても、坊の任務についていけるかも分からない。そもそも補助監督になるつもりは無かったし、考えたことも無かった。
『補助監督、ですか…』
「呪術師よりも反転術式が使えんなら補助監督の方がいいだろ」
『んー…、』
「俺が話つけといてやるよ」
『………え、』
「だから安心して卒業しろ。良かったな。将来に悩む必要無くなったじゃん」
俺に拒否権は無いし、補助監督が嫌な訳でもない。そもそも坊の我儘は基本的に絶対だ。
俺はあまり腑に落ちなかったが、まっいいか、と割り切ってコクリと頷いた。
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