ちゃんと紫陽花しなさい
高専に入学して2年が経った。時間が流れるのは早いな、なんて年寄り臭いことを思う。
俺が高専に入るに連れ、家を出て入寮する事になった。その時の坊は何故か荒れていた。
「…なんで寮なんか入んだよ」
『基本、高専生は入寮するのが決まりですから』
「こっからでも通えんじゃん」
『けど寮がの方が色々と楽です』
坊はこれでもかって程、顔を顰めて俺を睨み上げた。随分と背が伸びたなぁ、なんて感慨深くなって頭を撫でるとパシンッと跳ね退けられてしまった。
「3年間だぞ!3年間も俺と会えないんだぞ!」
『たまに帰ってきますって』
「俺の世話係が他の奴になるんだぞ!」
『新しいお世話係の人に意地悪しちゃ駄目ですよ?』
「〜ッ!!」
坊は唇を噛み締めて顔を真っ赤にすると、俺の足を蹴って去ってしまった。痛みからしゃがみ込むと、周りにいた女中が心配してくれた。
「大丈夫?名前君…」
『だ、大丈夫です…、』
11歳のくせにいい蹴りだ。天は二物を与えず、とは誰が言ったのか。この世は本当に不平等だな。
「名前君と離れ離れで寂しいのね、きっと」
『坊ですよ?そんな訳無いですよ』
右手を左右に振って笑いながらそう言い、立ち上がる。肉離れ起きそうで怖い。
『坊、名前です。入りますよ』
「入って来んな!!」
夜になって様子を見に来たらこれだ。余程ご立腹らしい。気付かれないように深く息を吐き出して、襖に手をかける。坊の世話係になって2年目の俺は図太くなった。
『坊〜、そんなに怒らないでくださいよ』
「入って来んなって言っただろ!」
『4月から私は寮に入りますし、こうして話せるのも残り少しなんですよ?喧嘩したままなんて嫌じゃないですか』
「寮に入らなければいいだろ!」
布団に包まった坊は年相応の子供だった。それが何故か可愛く見えてそばに近寄り、山になっている布団の上から撫でる。
『怒らないでください、坊』
「…………」
『私は仲直りしたいです』
「…………坊って呼ぶの、止めろ」
『え?』
「俺の名前、坊じゃねぇし…」
布団越しにボソボソと聞こえる声に首を傾げながら口を開く。
『悟様』
「違ぇ」
『五条様』
「この家全員五条だろ」
『五条悟様』
「客か、俺は」
『悟殿』
「敬称の話じゃねぇ」
段々とまた機嫌が悪くなる坊に苦笑を浮かべる。この歳の男の子の扱いはよく分かんねぇ。俺に弟居ねぇしなぁ。
「………悟」
『悟様?』
「…悟」
『流石に呼び捨てなんかにしたら私の首が飛んでしまいますよ』
「俺が良いって言ってる」
『ですが…、』
布団から目元だけを出した坊を見ると、ジト目で睨み続けられ居心地が悪くなる。
「………………」
『………』
「…………………」
『……………』
「……………………」
『………分かりました。2人の時だけなら、』
「敬語も」
『……………』
もうヤケクソだ。バレたらその時はその時だ。最悪首を跳ねられるかもしれないけど、死なない限りは反転術式でどうにでもなる。
『…分かった。2人の時だけだからな』
俺の言葉に嬉しそうに笑った坊…、悟を見て、もう何でもいいか、なんて割り切る。俺も高専に入学するし、会えるとしても長期の休みの時だけだ。
∵∵
そして高専2年目の夏休みに俺は一度、実家に戻っていた。荷物を部屋に置いて家事を行う。正直面倒臭ぇけど、仕事だ。仕方ない。
「名前ッ!!」
『坊。お久しぶりです。背、伸びましたね』
皿洗いをしているとバタバタと廊下を走る音がして、坊が姿を現した。
「いつまで居んの!?」
『そうですねぇ…、4日間居られれば良い方って感じですかね』
いつ任務が入るかも分からない。もしかしたら今から呼ばれる可能性だって無きにしも非ずなのだ。いつだって呪術界は人手不足。ブラック企業だ。
「4日だけかよ…」
シュンと落ち込む坊に、皿洗いを止めて手を拭いて頭を撫でる。本当に背が伸びた。少し前まで本当に子供のようだったのに。
『晩飯は私が作ります』
「肉にしろよ!?肉!」
『残念。野菜炒めの予定です』
「はァ!?」
怒りを露わにするボソボソを宥めて、坊の学校の話や、術式の話などを聞きながら食事を終えて、坊を風呂に入れる。
「あとはこの間…」
『坊、もう夜も遅いです。また明日話しましょう』
「…………」
途端に唇を尖らせて眉を寄せる坊の髪を撫でて布団の中へと導いて、薄手の毛布をかける。
『また明日ちゃんと聞くよ。おやすみ悟』
「……おやすみ」
坊を寝かせ、静かに襖を出る。すると俺の元にひとりの女中が近付く。
「……今夜、」
『…分かりました』
女中はそれだけ言うと背を向けて姿を消した。俺は素早く風呂に入り、さっきの女中の部屋の前に立ち、声をかける。
『…名前です』
「どうぞ」
中に入ると、既に女中は薄着になっていた。これからの事を想像して勝手に口角が上がる。
勿論遊びでは無い。これも必要な事だ。同衾は一種の勉強なのだ。呪術界はいつだって人手不足。ならば、呪力や術式を持った子を産まなければならない。となると強い精子が必要だし、それ相応のテクニックだって必要なわけだ。
「こちらに」
布団の上で艶めしく寝転んだ女中の上に馬乗りになり、ことを進める。
さっきの話の続きだが、つまりは練習だ。言い方が悪いが、子供を孕ませる練習。勿論避妊はする。
女中達も断りたければ断る事も出来る。つまりは合意の上って事だ。
「っあ、はぁッ、」
俺は中学の時から度々この行為を繰り返してる。気持ちいいし、楽しいし、ストレス解消になるしで、俺はセックスが好き。男なんてみんな好きだろ。高専は女性が少ないし、仲間って意識が強いから恋人になる事はあまり無い。
「あッ、奥ッ、もっと、」
『ッここ?』
女中の顔色を伺いながら腰を振る。やっぱセックスって最高。おっぱい最高。ナカが締まってもうすぐ俺もっ、って時に視線を感じて、ふと襖を見やる。
『……ぅおおぉぉおおおッ!?』
宝石の様な瞳と真っ白な髪、そして着物が全て半分ずつ見えていた。襖の間から。俺は驚きと焦りで慌てて女中に服を着せてやり、自分も服を着る。
『ぼっ、坊ッ!何してるんですか!』
「……………」
女中は乱れた服のまま慌てて出て行くと、坊がそろりと部屋の中へと足を踏み入れた。
「………何してんだよ」
『な、何って…、プロレス…?』
「………………」
ヘラリと笑って誤魔化そうとしたものの、流石の12歳は騙せなかった。俺は胡座をかいて、項垂れる。せっかくもう少しだったのに…。
『……勘弁してくださいよ、』
驚きと暗闇の中で光っていた青い瞳の恐怖のせいですっかり縮んでしまった。高専に戻ったら出来ねぇのに…。
「……明日からオマエ俺の部屋で寝ろよ」
『………チョット、明日ハ、用事ガ、』
「寝ろよ」
『……………』
「寝ろ」
『…………ハイ』
それから俺は実家に帰る度に、坊と寝ることになってしまった。そして後に聞いた話だと、俺と体を重ねようとしていた女中は何故か他のお家に飛ばされたらしい。
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