くすんだ音でしとしと笑う





『あー…、憂鬱…』



雨が多い気がする。梅雨はとっくのとうに終わってるはずだというのに。もう9月だぞ。ここ1週間ずっと雨だ。





「つーかオマエ、勉強は?」

『俺必要無ぇし』

「優等生は余裕だなぁ!?腹立つぅ!!」

『違くて。俺が行く高校、特殊で勉強より実技がメインなの』

「はァ?名前スポーツなんてやってたか?」

『まぁ、ちょっとな』





俺は来年の4月から東京都立呪術高等専門学校に通う。即ち高専だ。だから勉強なんてあんまし必要無いし、何なら馬鹿でも入れる。呪力と術式があれば。





「俺はどうすっかな〜…」

『まだ決めてねぇの?』

「2つで迷ってんだよ」

『何処と何処?』





友人は俺の机にパンフレットをふたつ並べ、腰に手を当ててフンッと得意げに鼻を鳴らした。





「こっちは女子のレベルが高い!んでこっちは女子のレベルが高い!!」

『どっちも女目当てじゃねぇか』

「当たり前だろ!?人生に1度しかない高校生ライフ!彼女欲しいだろォ!?」

『…彼女ねぇ』





パンフレットを払い退け、机の下に落とすと友人は落ち込んだように拾っていた。俺は雨が降り続けている空を見上げ、屋敷にいる小さな次期当主様を思い出して深く溜息を吐いた。




遡る事 数日前ーー




『坊、食事が出来ましたよ』






一言断りを入れて襖を開いて食事を坊の前に置く。意外にも坊は文句を言わずに肉じゃがに手をつけた。





『………』

「何だよ」

『…肉じゃがなら野菜食べられるんですね』

「は?不味いに決まってんだろ」





坊はチッと子供らしからぬ大きさの舌打ちをしながらも人参を口に運んでいた。





「オマエ名前は?」





まさかの俺の名前すら覚えてなかった。流石にショックだ。数週間もの間お世話係をしているのに。






『……苗字、名前です』

「ふーん。…名前ね…」




しかも呼び捨てだ。5歳も下の子供に呼び捨てされてる。泣きてぇ…。





「名前の飯だから食ってやる」

『…え?』

「野菜は嫌いだけど、名前が作ったから食う」





そう言った坊は次々に肉じゃがを咀嚼し飲み込んだ。全部食べ終わると空になったお皿を俺に差し出すから目を見開いてしまった。今までおかわりなんてした事無かったのに。





「名前、ゲームやるから付き合え」

「名前腹減った」

「名前疲れた」

「名前こっち来い」





それから俺は何故か坊に気に入られた様だ。買い出しにもついてくるし、俺が部屋で勉強している時も勝手に何も言わずに入ってくるし、入って来たと思ったら俺の隣にピッタリくっついたまま本読んでる。俺が一体何をしたというのか…。





「……いて、」

『どうかしました?』

「本で指切った」

『見せてください』





いつも通り部屋で課題に取り組んでいると、隣に腰を下ろしていた坊がそう言った。俺は鉛筆を置いて、坊の指を見ると、一本線からは血が流れていたからやり過ぎかなと思いながらも反転術式をかける。






『はい。気を付けてくださいね』

「………ん、」






その日から坊は味をしめたのか、少し怪我をすると俺の元を訪れた。





「名前、怪我した」

『……坊、』

「なに」

『小さい怪我は自分で治さないと治癒力が落ちます』





外で木の枝にでも引っかけたのか、手の甲には細い切り傷が出来ていた。俺は着物に入れて置いた絆創膏を取り出して、坊の手を洗うと貼り付けた。






『小さい傷は手当しましょう』

「……………ガキ臭、」

『嫌いですか?仮面ライダー』





絆創膏は小さい子の大好きな仮面ライダーだ。俺自身の為じゃなく、坊の為に買ったものだ。






「……こんなガキ臭ぇのが好きなの」

『強いて言うなら好きでも嫌いでも無いです』





適当に答えながら余りの絆創膏をしまって歩き出すと、何故か坊も俺の後をついてきた。





『これから買い出し行くだけですよ』

「俺も行く」

『…お菓子は買いませんよ』

「ガキ扱いすんな」





10歳なんて子供だろうに。最近の坊は子供扱いされる事を酷く嫌う。そういうお年頃になったということだろうか。






『…げっ、雨だ』





買い出しに行く為に玄関の扉を開けると、清々しいほどの雨だった。げんなりしながら傘を取り出して差す。






『最近雨が多いですね』

「嫌いなの?」

『そうですね。雨は嫌いですかね』




足は濡れるし傘持つのは面倒だし。雨で良い事と言えば農業だろうか。その農家だって雨が降られすぎても良くないだろうし。





『坊は雨好きですか?』

「……俺も嫌い」

『そうなんですか。お揃いですね』





あははー、なんて笑いながら流すと坊は俺を見上げ、大きく綺麗な瞳をパシパシと瞬きさせていた。俺が首を傾げると坊は、俯いてしまった。





『坊?どうしました?』

「………別に」






俯いきながらも見えた耳は少し赤い気がしたけど、坊は肌が人より白いから少しでも暑いとそうなるのかもしれない。






『晩飯何にしますかねぇ』

「名前が作ったやつなら何でもいい」

『そう言って坊は野菜出すと嫌そうな顔するじゃないですか』

「……………」

『でも最近は残さず食べてますね』






視線を落とし、傘の合間から手を伸ばして軽く頭を撫でる。坊の髪は触り心地がいい事を最近になって知った。






「……早く行くぞ」

『はいはい』





少し先を行く坊を追って足を早める。足元からはバシャバシャと水が跳ねる音がして、足袋を濡らす。やっぱり雨は好きじゃないな、なんて思いながら自分よりも低い位置で揺れる傘を見て、小さく笑った。



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