言の葉瞑る





『今日から悟様のお世話をさせていただきます。名前です。宜しくお願いします』



外は蝉の音が鳴き声が響き渡り、猛暑だというのに和服に身を包み、汗をダラダラと流しながら笑みを浮かべて自分よりも低い頭を見下ろす。





「……男かよ」






ポツリと零された言葉に、頭の中でこのマセガキ…、と毒を吐く。俺の5つ下のこの男の子は五条家次期当主だ。生まれた時からアルビノで、髪は白く、瞳は宝石のように綺麗な青。
それに対して俺は江戸時代から五条家に仕えている家の生まれ。術式平凡、顔平凡、スタイル平凡。全てが平凡の一般人とそう変わらない人間。





「オマエ、歳は?」

『15です』

「…ふーん」






つまり悟様は10歳というわけだ。近頃の10歳はこんなにもませているものなのだろうか。俺が10歳の時なんて外でカブトムシ捕まえて喜んでたけど。…そんな俺もまだ15なわけだけど。





「俺に世話係とか要らねぇんだけど」

『申し訳ありません。ですが、私も仕事故…、辛抱ください』





俺だってこんなマセガキのお世話なんてしたくねぇよ。夏休みの間、友達と海行ったり女の子と遊んだりしてぇよ。けれど、これも苗字に産まれたからには仕方の無い事だ。五条家に仕えている内は金にも困らないし。





「余計な事すんなよ」

『はい。弁えております』





そう言って会釈をして部屋を出る。まぁ、歳の割に落ち着いてるみたいだし、そんなに手はかかんねぇだろ。そうひとり思いながら昼飯の準備をする為に足を進めた。




∵∵




結論から言うと、ボンは酷く我儘だった。
あれを持って来い、なんか面白いことやれ、これ買って来い、飯が不味い、こっち見んな、どっか行け、面倒だから嫌、ゲームやりたいから無理、他にも諸々。

最初は俺だってガキの可愛い我儘だな、くらいにしか思わなかった。けれど、俺が断れないと分かると無理難題を押し付けてきた。
しかも俺が必死に笑みを浮かべているのに気付いている坊はニヤニヤと笑いながら我儘を言う。本当にクソガキだ。





『坊、ご飯をお持ちしました。入りますよ』

「俺腹減ってないから要らねぇ」

『……入りますね』




襖を開けて中に入り、ふてぶてしく寝転んでいる坊の前に食事を置く。すると坊は顔を顰めて俺を睨んだ。




『またお菓子食べましたね?』

「こっちの方が美味い」

『食事はきちんと坊の体調を考えて作ってるんです。しっかり食べてください』

「要らね」

『……坊』

「そんなに言うならオマエが食えばいいだろ」





俺は要らない。こんな野菜ばかりの食事なんて。それに少し嫌がらせも含めて野菜も多めに入れてるし。日頃のささやかな仕返しだ。




「野菜多いんだけど」

『坊は肉ばかり食べ過ぎです。それじゃあ体に悪いです。野菜食べないと小さいままですよ』

「はァ?すぐに伸びるし」





重たそうに体を起こした坊を見て、食べる気になったな、とフーっと息を吐いて立ち上がる。





『食べ終わった頃に片付けに来ます』

「待て」

『…何か?』





坊に呼び止められ、振り返ると小さな皿が突き付けられた。その上にはピーマンが乗っており、眉を寄せる。





「食え」

『……坊、ご自身で食べてください』

「これ不味いから要らねぇ」

『良薬口に苦しと言うでしょう』

「これ薬じゃねぇし」




確かに坊の言う通りだ。ピーマンは体に良いが、ピーマンはピーマンだ。薬じゃない。





『私は戻りますが、しっかり食べてくださいね』






それだけ言い残して部屋を出る。そして女中の人などと会話をしている内に時間が過ぎており、慌てて坊の食事を下げに行く。





『遅くなり申し訳ありません。すぐ片付けますか、ら…』

「……………」

『……坊』

「何だよ」




皿の端に避けられた野菜達に怪訝そうな表情を浮かべ、寝そべっている坊を見やる。




『しっかり食べてください、って言いましたよね?』

「食った」

『何口?』

「……さん、」

『…………』

「ひとくち…」



坊の言葉に深く溜息を吐いて、箸を持ち残された野菜を掴み、坊の口に運ぶ。





『あと一口で良いので食べてください』

「嫌だ」

『この野菜も女中達が作ってくれた野菜なんですよ』

「だから何だよ」

『…一口で良いですから』

「執拗ぇな。嫌だっつってんだろ」





そう言って背を向けて寝始めてしまった坊に腹を立てながらも、次期当主だ、と言い聞かせて、皿を持って部屋を出る。





「あら名前君」

『片付けお願いしても良いですか?俺、買い出し行ってきます』

「はいよ」





女中に皿を任せ、買い出しに出かける。今度は肉の中にピーマンでも刻んで入れてみるか。あの感じだと、別に味わって食ってるって感じても無さそうだし。



『…あー、面倒臭ェ…』






ガシガシと頭を掻きながら、不敵に笑うガキを思い出し、ひとつ大きな舌打ちを漏らしたが、その音はすぐに蝉にかき消された。



prev next

- ナノ -