あのあやふやな雨上がり(完)





「名前ー」

『はい?』




当たり前のように俺の部屋に居る坊に名前を呼ばれて近付くと、寝転んで背を向けている坊はこちらを見ないで俺に小さな箱を手渡した。







「これやるよ」

『…何ですか?これ』





小さな正方形の箱を色んな角度で見ていると、坊は小さな声で開けてみれば、と言った。お言葉に甘えて箱を開くと、中にはキラリと輝くシルバーリングが入っていた。






『………これは、』

「…………」

『…私が貰っていいんでしょうか』

「…他に誰が居るんだよ」






俺には不相応なほど輝くリングに恐る恐る触れて持ち上げる。きっと高級な物に違いない。坊はお金の使い方が荒いから。
未だに背を向けて携帯を弄っている坊の指を見ると、左手の薬指に同じ物と思われるリングが嵌められていた。






『……付けるのは、どこでもいいんですかね?』

「左手の薬指」

『…でも、私は男ですよ』

「だから何」

『……坊が変な目で見られるかも』

「どうでもいい」






ハッキリとそう言う坊の背中にズリズリと膝を引き摺って近付く。





『……本当に私でいいんですか?子供を産んであげられないんですよ?』

「子供なんて養子とか色々あんだろ。それとも名前は子供欲しいの?」

『欲しいと言いますか…、苗字家を継ぐものとして責任はありますから』

「なら養子だな。とにかくガキについては俺が高専卒業してからだな」








何でも無いようにそう言った坊の腕に手を乗せると、坊の体がピクリと跳ねた。






『……俺の事、ずっと好きですか?』

「……………当たり前だろ。ばーか」

『…俺も、悟のこと大好きです』

「……あっそ」







素っ気なく答えた悟の真っ白な髪の隙間から真っ赤な耳が見えて、それが可愛くて吸い寄せられるように耳に唇を落とすと、悟は慌てた様に上体を起こした。







「なっ、にしてっ、」

『可愛らしいな、と思いまして』

「可愛くねーし!調子乗んなよ!名前のくせに!」

『坊の可愛らしいプロポーズ、私には響きましたよ』

「うっせ!うっせぇ!」






部屋の畳をバシバシと叩く坊の顔は真っ赤で、それがまた面白くて笑うと、坊は大きな舌打ちを零した。






「……オマエこそ、俺でいいの」

『今更私を逃がしてくれる気なんてあるんですか?』

「……………ある」






ある、なんて言った坊の手は俺の手首を掴んでいた。可愛らしいあまのじゃくだ。そんな坊の手に自分の手を重ね、顔を寄せ唇を重ねる。







『逃げる気なんてありませんよ。自分は坊の隣で一生を終えるつもりですから』

「……怖っ、」

『一緒のお墓に入りましょうね』






巫山戯ながらそう言って笑うと、坊も小さく笑って口を開いた。






「…それも悪くねぇな」






呪術師である坊はいつ死ぬかなんて分からない。それでも、その時までは隣に居ることを許して欲しい。

外に視線を向けると、しとしとと雨が降り出していた。きっとこれから先、俺達の道は生半可な物ではないと思う。普通の恋愛とは少し違う俺達の愛情。

けど、その度にきっと悟はいつもの様に簡単に壁を壊すんだ。そして俺の腕を引っ張って行ってくれる。





「名前」






手首を引かれて体を寄せると、頬が包まれて唇が重なる。今ならきっと、雨の音が俺達を隠してくれるから。





『……お世話、失格ですね』

「首が飛んだら俺が拾ってやる」






額が合わさってお互いの温度が広がる。柄にもなく幸せだな、なんて思って。悟もそう思ってくれたらいいな、なんて思いながら俺は瞼を閉じた。





2021.06.15 完結



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