からだ一つで泣きたいときに 前編
「腹減ったー」
『あの…、私、仕事中なんですけど…』
「晩飯食いに行かね?」
俺が任務報告書を仕上げているというのに、坊はそんな俺の隣に腰を下ろして面倒臭そうに頭の後ろで腕を組んでいた。
「さっさと終わらせろよ」
『ですから、仕事中で…、』
「肉食いてぇな。ステーキ食いに行くか」
『ステーキ…!?』
「個室の高級店」
『個室の高級店…!?』
「俺の御用達の店」
『坊の御用達…!?』
そんな店行った事ない。しかも坊の御用達なんて、絶対に高い。俺なんかでは一生お目にかかれない、口にする事なんて叶わない肉だ。食いたい。
「どうする?食いに行く?」
『行きます!行かせてください!』
「ならさっさと終わらせろよ」
『はいッ!』
その後の俺は自分でも驚くほど回転良く仕事を終えた。そして坊と如何にも高級そうな店の中へと足を踏み入れた。
「俺の奢りだから好きなだけ食っていいよ」
『ありがとうございますッ!!』
歳上のプライドとかそんなのは無い。だって全財産を出してもこの店の代金は払えない気がするし。坊がお金持ちなのはよく知ってる。
『どれにしよっかなー!』
「とりあえず名前はラム肉な」
『え…。なんでラム肉…』
せっかくのステーキなんだから牛とか食べたい。個室だから坊は俺の前に腰を下ろしており、机に肘をついて小さく笑った。サングラスが少しズレて、坊の瞳が見え、その表情が艶めかしくてドキリと音を立てた。
「今夜は精を付けてもらわねぇと困るし」
『…精?』
坊の言っている意味がよく分からなかったが、これだけの高級店だ。ラム肉だってきっと美味い。ラム肉食った後に牛を美味しく頂くとしよう。
『ボジョレーヌーボーありますよ!?』
「駄目。酒は禁止」
『えぇー…』
坊の奢りだからと素直に酒は諦めて肉を待つ。坊とその間なんでもない様な世間話をして時間を潰していると、すぐに肉は運ばれてきた。
『美味っ!!美味すぎ…!!』
「別に普通だろ」
『坊の普通は普通じゃない事に気付いて下さい!』
肉が本当に口の中で蕩ける。一瞬で無くなるのに美味い。意味が分からないけど、とにかく美味い。
けれど坊は何処か晴れない表情で肉を口に運んでいた。
『坊?どうしたしました?』
「何が?」
『そのお肉苦手でした?交換しますか?』
「別に苦手じゃねぇけど、」
坊は行儀悪くもフォークで肉をトントンと啄いて、なんでもない様に言った。
「名前の飯の方が美味い」
『………』
心臓を鷲掴みにされた気分だ。しかも天然だからタチが悪い。坊は計算高い時もあるけど、こうして無意識に言ってくる時がある。
「………なんで照れてんの?」
『……心臓発作が、』
坊は意味分かんねぇ、と言って笑った。最近は坊のせいで、周りの人達の顔が霞んで見える。坊の顔が良すぎるせいだ。背も高くてガタイも良いのに笑顔が無邪気で可愛いのが悪い。
「…んでさ、この後だけど、」
『後?デザートの話ですか?』
「違ぇよ。……部屋、取ってあんだけど」
『部屋?』
モグモグと咀嚼しながら聞き返す。部屋って何のだ?確かにこの高級店は上にホテルがあるが、だからってなんで部屋を取ったんだ?坊だけ泊まるから先に帰れってことか?
なんて首を傾げながら考えていると、坊に手を取られ、机の下では棒の足が俺の足を軽く啄いて、絡められる。
「……俺は最初からそういうつもりで来てんだけど」
『そういうつもり?』
「……………名前とセックスしたいんだけど」
『………………………せっくす?』
顔を赤らめながら少し拗ねたように唇を尖らせて言った坊の言葉に頭が真っ白になった。そうか。坊は俺とセックスしたいのか。…あれ?セックスって何だっけ?
「…嫌なら、普通に泊まるだけでもいいけど」
『……………嫌、というか、』
「じゃあ何?」
俺は視線を落として一度唇を閉じてからゆっくりと顔を上げて口を開く。坊の瞳は相変わらず綺麗だ。
『…私は男ですよ』
「だから?」
『……それに、坊はまだ未成年だし、』
「合意があれば関係無ぇだろ」
譲る気が無いのか、坊はハッキリと俺の言葉を否定する。そして坊は俺の手を握って小さく息を吐いてから言葉を紡いだ。
「名前が嫌ならするつもりは無ぇけど、嫌じゃねぇなら俺は引かない」
『……………分かりました』
坊の瞳があまりにも真っ直ぐだからこっちが折れるしか無い。坊は昔からこうだと決めたら曲げない人だ。
それに、男相手に興奮しない事なんて、坊も身を持って知るだろうし。
prev next