よんじゅうろく(完)
『………』
「………」
名前は気まずさを感じていた。2人は会場を出てベンチに腰かけていた。治は「10分経って戻って来ぉへんかったら置いてくからな」と侑を脅し、アラームを設定すると背を向けて去って行った。
「………」
『………』
「……俺に、言いたい事、あるんやろ」
『あっ、うん…、言いたい事は、……うん、沢山ある』
「……なんやねん」
『………』
名前はゆっくりと息を吸い込み、時間をかけて吐き出すと、小さく、呟いた。
『…………ごめん、』
「………何に対して、謝っとん」
『………色んなことに対して。侑を傷付けたことも、嘘を吐いた事も、……全部…、全部含めて、ごめん』
「………俺は、一生許さへんよ」
『……うん、』
侑は長い足を投げ出すと、ベンチに背を預け空を仰ぐ。
「俺はほんまに名前の事が嫌いやし、憎い。これは嘘やない」
『…うん、』
「烏野に居る所見たらクッソ腹立つし、1発くらい殴ったろかなって思った」
『……殴るのは、ちょっと、』
「うっさい。聞け。そうやって茶化す所もうざいわ」
『………はい。』
侑はフーっと白い息を吐き出すと、顔を前に向けて目の前の体育館を眺める。
「……俺のバレー好きや言うたやん」
『…今も好きだよ』
「……応援する言うた」
『…今だって応援してる』
「…俺が全国に連れて行く言うたやろ」
『………うん、言ってくれた』
「……なに他の
チームと全国来とんねん」
『………うん、』
「…初めて会った時から気に入らん」
『…うん、』
侑はゆっくりと立ち上がり、振り返って甘さと愛おしさが溢れた瞳を優しく細めて名前を真っ直ぐと見つめる。
「………けど、憎いのと同じくらいに、好きや」
『……侑、』
「返事は聞かへんから」
『……』
「どうせ断るんやろ?知っとるわ」
『……』
侑は上ジャージに両手を入れると、ニカリと笑う。
「俺がどんだけ名前を見てきたと思っとんねん」
『……私も、同じくらい侑を見て来たよ』
「いや、俺の方が100倍見てきた」
『私はその100倍は見てきた』
「張り合ってくんなや。負けず嫌い」
『お互い様でしょ』
名前も笑って立ち上がり、侑を見上げる。
「俺かてバレーが忙しいわ。名前に構ってられへん。だから付き合うてくれ、なんて言うつもりないわ。俺はもっともっと上に行く。名前が追いつけへんくらい高く、遠く…、」
侑は右手を出すと体育館に向かって腕を伸ばして手のひらを広げる。
『…侑なら、本当に高くまで行けそう』
「行けそうやない。行くんや」
『……そっか』
名前は小さく笑うと侑は振り返って口を開く。
「……ほんまはな、俺が烏野に勝ったら戻って来い言うつもりやってん」
『……』
「結果は負けたけどな。まぁそれはしゃーないわ。俺たちの方が弱かった。ただそれだけや」
『…本当に侑は強いね』
「昨日は昨日。明日になれば今日は昨日になる。あとは今日、何するかや」
『……最強の挑戦者怖すぎ』
「…それに勝ったら戻って来いなんてダサいわ!」
侑は名前を人差し指で真っ直ぐに指差すとギラりと瞳を光らせた。
「名前が追いつけへん所まで登って、あの時俺ん所戻って来れば良かった〜って泣かせる方がおもろそうやし!」
『………』
そう言って楽しそうに笑った侑を見て名前は目を見開き、フッと息を吐いて小さく笑って呟く。
『……もう後悔してるかも』
「え?」
『侑はかっこいいねって話!』
「…はっ、はァ!?当たり前やん!そんなん!気付くのが遅すぎるんとちゃうん!?」
『……ずっと気付いてたよ、私だって、侑を近くで見てきたんだから』
名前はそう言って息を吸って勢い良く吐き出すと、胸を張って真っ直ぐと強い眼差しで侑を見つめる。
『……私は宮城に戻るよ』
「…知っとる。ほんまうざいわ」
『でもたまに神戸に行くから、その時は顔ぐらい見せてよ』
「……お前が会いに来るならな」
『会いに行くよ』
「……次は負けへんからな」
『私たちだって負けない』
そう言って2人は握手を交わすと背を向けて別々に歩き出した。
「……」
侑は立ち止まり振り返ると名前の背中は小さくなっていた。振り返らずに真っ直ぐに進む名前を見て、侑は小さく笑って呟いた。
「………ほんまに憎いわ」
宮侑に憎まれる
〜END〜
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