さんじゅういち
「…残念ですね」
『うん…、本当にごめんね』
「謝る必要なんて無いです」
宮城に出発する前日に北に直接会って報告をする。勿論、先に連絡は入れたが戻るまでにきちんと1度会って話したかった為、名前は稲荷崎に顔を出しこうして北と体育館の外で会話をしていた。
あの日から侑は公園での練習に顔を出していない。
『……侑の様子、どう?』
「特に変わった様子は無いですね」
『なら、良かった』
名前は安心した様に息を吐き出すと、北は遠くを見つめ口を開く。
「それが逆に怖いとも思います」
『…え?』
「侑の中で苗字さんの存在は大きいですから」
『……そんなことないよ』
名前は自虐的に笑うと、体育館に目を向ける。
『侑にとって私はそこら辺に生えてる雑草と同じだよ』
「…雑草?」
『そう。道端に生えてるただの雑草。歩いてるとたまーに目に入るっていうだけ。』
「……そうでしょうか。俺は、」
「名前さん!」
北が言葉を続けようとした時、治に名前を呼ばれて名前は顔を向ける。
「…明日ですよね」
『うん。……わざわざ練習抜け出してきたの?』
「はい。練習言うても自主練やし、ちゃんと戻ります」
「…俺は先生に呼ばれとるんで先に戻ります。苗字さん、お元気で」
『なんか永遠の別れみたい…、……またね』
「…せやな。また、が正しいですね。……また」
名前が笑って茶化すと、北はそれに気付き少し笑った。そして北は律儀に会釈をすると体育館へと戻って行った。
「…見送り、行けんですんません」
『いいよ別に』
悔しそうに少し顔を歪める治の頭に手を置きゆっくりと撫でる。
『…本当に会えて良かった』
「……永遠に会えなくなるみたいやないですか」
『そんなつもりはないんだけど?』
「当たり前です」
治は顔を上げると真剣な表情で口を開く。
「…ツムには会わんで良いんですか?」
『…うん、私なんかに会いたくないだろうし』
「…………絶対、全国行きます」
『……応援してる』
「はい」
名前が笑うと、ふっと治も口を緩めた。名前は持っていた保冷バックを差し出すと、治は首を傾げた。
『差し入れ』
「……」
治は受け取ると中身を確認しようと保冷バックを開けようと持ち手を左右に広げる。
『中はまだ見ないで』
「なんで?」
『あとのお楽しみって事で。まぁ、大したものじゃないけど…』
「フッ、分かりました。あとで見ます」
名前はスマホを確認して、治に声をかける。
『ごめん、結構時間取っちゃったね』
「別にええですよ」
『それじゃあ、私はそろそろ帰るね、』
そう言って名前が顔を逸らした時、体育館の扉の近くに立っていた侑と視線が交わった。が、すぐに視線を逸らされる。
『……』
「……」
名前は意を決して侑に近づき声をかける。
『侑』
「……」
『…侑』
「………裏切りもんが俺に話しかけんなや」
『……明日、宮城に戻るから一応伝えとこうと思って』
「お前なんか知らん。どうでもええわ」
『……うん、』
侑は本当にどうでもよさそうに視線を逸らしながら淡々と答える。その声があまりにも冷たくて名前は視線を下げて頷くと唇を噛み締めて、バッと顔を上げる。
『…バレー、頑張って。応援してるから』
「………さっさと俺の視界から消えてくれ。二度と俺の前に現れんな」
『………ごめん、じゃあね、』
名前は静かに別れを告げると、治が立っている場所へと戻る。
「…話せ…、なかったみたいやな」
『…うん、』
「…あのヘタレ」
『いいって』
「……」
治は納得がいっていない様に眉を寄せる。名前はそんな治に声をかける。
『またね』
「…連絡します」
『うん、待ってる』
背を向けた名前を見届けた治は体育館へと戻り、自分の片割れ目掛けてドスドスと足音を鳴らし近づく。
「……ったぁ!!何すんねん!!」
突然背後から蹴りを入れられた侑は前のめり倒れ、持ち前の瞬発力で地面に手を付き、体を反転させて治を見上げる。
「そんなに気になるなら声かければ良かったやろが。女みたく遠くから眺めるてストーカーか」
「なんやと!?」
「名前さんの車が見えなくなるまで体育館から覗きよって、きしょいぞ」
「あ゛ぁ!?」
治の言葉に侑は腹を立て、立ち上がって治の胸ぐらを掴みあげる。治も抵抗する様に侑の胸ぐらを掴み大声で怒鳴る。
「八つ当たりで女とっかえひっかえしよって!名前さんに似てる女ばっか狙っとんのバレバレや!!ほんまきもいわ!!」
「はぁあ!?そんなんちゃうわ!!狙っとった女取られて悔しいだけやろ!」
「誰があんなブタ狙うか!!」
ついに殴り合いが始まり、周りの部員が2人を抑えて距離を取ろうと必死に引っ張るが、胸ぐらを掴んで離さないせいで距離が開くことは無かった。
「元々名前さんは仕事で
神戸に来とっただけでいつかは地元に戻っとった!それが遅なるか早なるかの違いやろ!!」
「そんなん知っとるわ!!何自分は知ってますアピールしとんねん!!!」
「誰か監督呼んで来い!」
部員じゃ手に負えないと気付き、誰かがそう叫びバタバタと数人が体育館から飛び出して行った。
「お前ら止めろ!」
数分後に監督と北が現れてようやく2人の喧嘩は止められた。
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