未必の恋(完)
飛雄と初めてキスをしてから、彼氏とは別れてしまった。他の男の人とキスしたわけだし、失礼だけど、何か違うな、なんて思ってしまった。
それから時が流れて、いつの間にか何度目かの春が訪れていた。
『卒業おめでとう』
「ん、」
胸元に小さな造花を付けた飛雄にそう言うと、コクリと頷かれた。その後ろから美羽が現れて飛雄と肩を組んだ。
『写真撮ろうか?』
「おぉ!撮るか!」
ガラケーからスマホに変わった私の携帯を取り出して、門の前で飛雄と美羽の2人を撮り、確認する。すると飛雄が私のスマホを抜き取って美羽に渡すから目が点になってしまった。
『え。私のスマホ…』
「なにアンタ。名前と撮るの?」
美羽の言葉に飛雄は頷いて門の前にまた立った。正直、私も撮りたかったから素直に隣に並ぶ。
「撮るよー!」
『はーい』
美羽の合図に合わせて笑い、シャッター音が小さく聞こえて表情を崩す。美羽が駆け寄って私にスマホを返してくれた。
「飛雄、打ち上げとかあるんでしょ?ならこの後は私と名前で久しぶりに遊びに行っていい?」
『あ!いいね!遊びたい!』
「駄目だ」
「は?何でよ」
ハッキリと言って首を振った飛雄は私の手を握ってもう一度美羽に言った。
「駄目だ」
『え、』
「これからでーとだから」
『…は?』
「え?なに。アンタらそういう関係?私聞いてないんだけど」
『いや、違っ、』
私が否定するよりも早く私の手を引く飛雄は校舎の中へと戻り、体育館へと足を踏み入れた。私も慌てて靴を脱いで上がると、飛雄は慣れたようにボールを持って私に渡した。
「俺はこれからもずっとバレーが好きで、死ぬまでバレーをする」
『へ?…あ、うん、』
「チームにも入ったし、もっともっと上に行く」
チームというか実業団だ。つまりはプロバレー選手。軽く言ってるけど、本当に凄いことだ。
『飛雄なら行けるんじゃない?』
「だから、俺は名前ちゃんの彼氏になりたい」
『……何が、だから?』
「彼氏になればずっと一緒に居られるって言ってた」
『誰が?』
「山口」
『………あ、ジャンフロの、』
「山口に名前ちゃんとずっと一緒に居たいけど、どうすればいいって聞いたら、とりあえず告白が先だって」
『今のって告白だったのか』
文脈が可笑しくはないだろうか。数年前にキスはしたが、それっきりだ。何も変わっていない。変わった事があるなら、きっと私の飛雄を見る目だ。
『…飛雄は、私が好きなの?』
「多分」
『多分…、』
「他の奴が名前ちゃんに触ってると腹が痛てぇし、名前ちゃんのカレーを食いたい」
『…………』
「あと名前ちゃんに触った次の日はボールの感触がなんかいい」
よく分からない事を言われて目が段々と細くなる。今の私の顔はきっとチベットスナギツネみたいな顔だと思う。飛雄は自分の手を見てワキワキと動かすと、私を見た。
「これは好きとは違ぇのか」
『……知らないよ、そんなの、』
深く溜息を吐きながら答えると飛雄は首を傾げてしまった。私が傾げたいよ。
『飛雄は私と居てドキドキする?』
「どきどき?」
『緊張する?』
「しねぇ」
飛雄は癖になってる唇を尖らせたまま少し眉を寄せた。そんな飛雄の手を取って指を絡める。
『……前に、私にキスしたでしょ?』
「口合わせるやつか」
『言い方。…でもそう。その口を合わせるやつをした時、どう思った?』
「どう?」
飛雄は繋いでいない手を顎に当ててまた首を傾げるとポツリポツリと思い出したように口を開いた。
「なんか、体が熱くなって、こう…、腹の辺りがムズムズして…、……悪くなかった」
『上から…』
どんっ、と音が付きそうなほど偉そうにそう言った飛雄に呆れる。
『唇を合わせるの、私以外にしたいと思う?』
「思わねぇ」
『それが料理上手な子でも?』
「おう」
『私より可愛い子でも?』
「かわいい?…よく分かんねぇけど、名前ちゃんにしか思わねぇ」
キョトンと首を傾げそう言った飛雄に、まだ不安材料は沢山あるけど、生憎私はこの馬鹿に惚れてしまっているようだ。私よりも大きくなった背丈、低くなった声、逞しくなった体。けれどずっと変わらないバレーへの愛情と貪欲さ。
『…飛雄、』
「なんだ」
『私と一緒に居たい?』
「居たい」
『バレーの次に私が好き?』
「…?おう」
よく分かっていない飛雄に小さく笑って、繋いだ手に力を込めると、飛雄の手にも少しだけ力が加わった。
『私の彼氏になりたい?』
「なりたい。名前ちゃんの彼氏に」
『彼氏ってちゃんと分かってる?』
「………あれだろ。出かけたり、遊んだりするんだろ」
『飛雄はすっぽかしそうだよね』
「そっ、そんなこと、…ねぇ、……多分、」
『でもまぁ、いいよ。飛雄が私を忘れる時ってバレー考えてる時だから』
バレーの次に私が好き、なんてそんなの殆ど1番と同じだ。飛雄にとってバレーは食事や睡眠と同じくらい当たり前のことだから。
『私の彼氏にしてあげる』
「あざっす!」
私の言葉に瞳を輝かせて頭を下げた飛雄が面白くて吹き出して笑うと、頬に飛雄の手が当てられて、視線が合わせられる。
「…彼氏って、あれか。口合わせるのしていいのか」
『…キスって言ってもらえますか。影山クン』
「キスしていいのか」
『………彼氏だからね』
小さく呟くと、飛雄が顔を寄せるのが分かって瞼を閉じる。ゆっくりと唇が重ねられて心臓が大きく跳ねた。キスなんて何回もしてるのに。こんなに緊張するのは飛雄とのキスだけだ。
「…………やっぱり、腹の辺りがムズムズする」
『……嫌な感じ?』
「嫌じゃねぇ。なんつーか、すげぇいいトスが上げられそうな感じだ」
どこまで行ってもバレー馬鹿な飛雄に苦笑を浮かべる。すると飛雄がソワソワしだすから、何だ?と首を傾げる。
『どうしたの?』
「……もう一回、」
『え?』
「もう一回、キスしてもいいですかコラ」
眉を寄せて不機嫌そうにそう言った飛雄に驚いたけど、その頬は赤く染っているから可愛く見えてしまった。少し吹き出して笑うと、驚いた飛雄が舌打ちをしていた。
『してもいいですよ』
「………あざっす」
バレーコートの中でしたキスは飛雄が好きな色と匂いに包まれていた。私も嫌いじゃないよ、って言おうと思ったけど、今言ったらキスの事だと思われそうだから、小さく笑って瞼を閉じた。
未必の恋
2021.05.26 完結
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