ひどくやさしい顔をして
『ここまでで大丈夫。ありがとう』
休みの日に彼氏とデートをして家の近くまで送ってもらった。そのまま車から降りようとした時、自然流れでキスをした。暗いから大丈夫だとは思うけど、見られていたら嫌だな。田舎ってみんな知り合い、みたいな所あるから。
『また連絡する』
「うん」
車が見えなくなるまで見送って、さて帰るか、と振り返った時、すぐ近くに見慣れた真っ黒なジャージを着た飛雄が居て吃驚した。
『うわぁっ!飛雄…!?』
「……………」
じーっと私を見る…、というか睨んでいる飛雄に首を傾げると、突然ジャージの袖で唇が荒く拭われる。
『痛たたたたッ!なに!なにっ!?』
「……………」
満足したのか飛雄はフンッと鼻を鳴らした。ヒリヒリと痛む唇を労わるように撫でる。一体何なんだ。
「名前ちゃんの知り合いか?」
『知り合いって…、彼氏だよ』
「……かれし?」
『そう。彼氏。むしろ彼氏じゃないのにキスしてたらそれこそ問題でしょ』
帰る為に歩き出すと、飛雄も着いてきたから部活終わりでこのまま帰るのだろう。飛雄の家と私の家の分かれ道に差し掛かって声をかけようと口を開くと、当たり前のように私の家の方へと来るから飛雄も成長したんだな、と感動した。
『少しは女の子の扱いが分かってきたのか…、お姉さん感激だよ…』
「は?」
『高校でちゃんと女の子に優しくしてるかい?デートしたら家まで送ってあげるんだよ…』
「意味分かんねぇ」
私を送ってくれるのかと思ったら普通に家に上がったからご飯たかりに来ただけだった。美羽の教育が行き届いていないぞ。
『昔はもっと可愛かったのに…』
「名前ちゃん、俺カレー食いたい」
『レトルトならあるけど』
「…………」
『あー、はいはい。レトルトは嫌なのね。ならある物で我慢してねぇ』
私はさっき食べて来たんだけどなぁ、なんて思いながら冷蔵庫から適当な食材を取り出して炒める。野菜炒めでも何でも飛雄は食べる。
『はい、お待たせ』
「彼氏って何だ。何する奴だ」
『…こら。いただきますを言いなさい』
「…いただきます」
両手を合わせて食べ始める飛雄の前にカップを持って座り、スマホをいじる。彼氏から連絡が入っていて今日のお礼と次の約束の話を進める。
「で、彼氏って何だ」
『まだその話続いてたの』
「何をするのが彼氏だ」
『……一緒に出かけたり、遊んだりじゃない?』
「なら俺は名前ちゃんの彼氏なのか」
『馬鹿かな?この子は』
野菜炒めを食べながらそう言った飛雄に頭痛がした。何をどう育てたらこんな子が生まれるんだ。
「俺だって出かけたり、遊んだりしてた」
『そうだけど…』
「彼氏と俺は何が違ぇんだ?」
『彼氏って人の名前じゃないからね。恋人同士は好きっていうのが大前提でしょ』
「なら俺だって名前ちゃんが好きだ」
『それは幼馴染とか、家族としてでしょ?恋人は違うの』
「名前ちゃんは彼氏が好きなのか?」
『…まぁ、そりゃ、一応は、』
心の底から好きか、と聞かれたら少し戸惑う。今の彼とは告白されて、まぁ付き合うか、って感じで付き合った。というか今まで全部そんな感じだ。美羽曰く、私は本気で人を好きになったことが無いらしい。
「俺の事は好きじゃないのか」
『いや、あのさ、さっきから可笑しくない?なんでこんな話になってるの?』
「さっきの彼氏が名前ちゃんに触ってんの見て、なんか、こう…、ここら辺がグーってなった」
『は?…それただのお腹の音じゃない?』
「違ぇ」
食べ終わったのか飛雄はお箸を置いて右手でお腹の当辺りを掴んで、グーって言った。絶対お腹の音だ。基本、野生動物の飛雄はいつでもお腹を空かせてる。
「なんつーか、すげぇ、嫌な感じだ」
『それはあれですね。お姉ちゃんが取られた的なやつだね』
「…?名前ちゃんは俺の姉ちゃんじゃねぇだろ」
何言ってんだ?と言わんばかりに首を傾げる飛雄にイラッとしたけど、必死に押さえ込んで言い聞かせる。
『とにかく、飛雄はさっさと帰ってお風呂に入って寝なさい』
「そしたら彼氏って奴に会わなくなるのか」
『会うよ。何言ってんの』
「…………」
『そんな顔したって無駄でーす』
不貞腐れたような顔をする飛雄の食べ終わったお皿を持って水道へと持っていく。すると飛雄もついてくるからそれがカルガモみたいで面白かった。
「どうしたら彼氏と会わなくなるんだ?」
『別れたらじゃない?』
「いつ別れんだ?」
『最低か?』
水気を切って片付け、飛雄に向き合う。首を傾げて私を見下ろす飛雄に、本当に背伸びたな、なんて頭の片隅で思った。
『なんでそんなに嫌なわけ?お姉ちゃん取られた妹か?』
「俺は女じゃねぇ」
『知ってるよ。例えだよ馬鹿』
ジト目で睨みあげると、飛雄の右手が私のお腹を撫でるように触れた。そのまま左手が水道の縁に置かれて閉じ込められる。
『ちょっ、』
「俺の腹はこんなに薄くねぇし、」
『飛雄っ、』
その手は段々と上に上がり、私の胸に触れた。いやらしさを感じないのは飛雄特有の雰囲気なのか、確かめる様に右手で包まれる。
『ばっ、』
「俺の体にこんな柔けぇ所なんて無いし、力だって全然違ぇ」
慌てて私の胸を包んでる飛雄の手に手を置くと、そのまま顔が寄せられて視線が交わる。バレーの試合中の様な真剣な表情に心臓が強く跳ねた。唇が重なりそうになった瞬間、右手を振りかぶって何も考えずに飛雄の頬に握り拳を叩き込んだ。
「ぐべぇっ…!」
『なっ、何してんの!変態ッ!』
「いっ、痛てぇッ…、」
『外でもこんなことしてるの!?有り得ない…!』
後ろに尻もちをついて座り込んだ飛雄から距離を取って半分叫ぶように声をかける。いつの間にこんなケダモノに…!
「はァ?他のやつにやるわけねぇだろ。名前ちゃんだからだ」
『だっ、だしても!突然胸触るってどんな神経してるの!?』
「駄目なのか」
『駄目に決まってるでしょ!?本物の馬鹿だった…!』
「なら俺にも触ればいいんだろ」
『は、はァ!?』
立ち上がって赤くなった頬をそのままに飛雄は私の右手を取ると自分の胸元に置いた。私とは違う、男の人の硬さにピクリと手が揺れた。
『な、なに、して…、』
「触らせんのも名前ちゃんだけだ」
私の右手を掴んでる飛雄の手が熱くて、その熱が移ったように顔が熱い。飛雄の視線が熱くて、体が熱い。
「……名前、」
『……ぁ、』
鋭く強いけど、嫌じゃない視線が私を射抜いて気付いた時には唇が重なっていた。彼氏が居るのに、とか、弟のように思っていたはずなのに、とか色々な事が頭を巡った。ゆっくりと飛雄が離れて顔を上げると、
「……好きだ、」
見たことも無いほど優しく微笑んでいる飛雄が居て、人生で感じた事が無いほど、私の心臓は強く早く脈を打っていることに嫌でも気付いてしまった。
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